■治療学・座談会■
21世紀におけるスタチンの考え方
出席者(発言順)
(司会)寺本民生 氏 帝京大学医学部内科 教授
多田紀夫 氏 東京慈恵会医科大学附属柏病院総合診療部 教授
山田信博 氏 筑波大学医学専門群臨床医学系内科 教授

今後の高脂血症治療の方向性

■病態に合った薬剤選択が理想的

寺本 しかしながら,高脂血症にはいろいろなタイプがあり,コレステロールだけでなく,血圧,糖尿病の合併,それに伴う脂質異常の問題もあります。 では,今後の高脂血症治療の方向性をわれわれはどう考えればよいのか,それとスタチンとの関係について,山田先生からご意見をお願いします。

山田 まずガイドラインの話ですが,日本では動脈硬化予防のために高脂血症治療薬が推奨され, そこで LDL を重視したためにスタチンが繁用されることになりました。現在の市場では使いすぎの感がありますね。 今後はやはりテーラーメイド治療といいましょうか,本当に意義のある患者に使うことによってコスト・ベネフィットを上げていくことが考慮されねばなりません。 ガイドラインもおそらくそういうことが盛りこまれていくと思います。

 そういう中で高脂血症治療薬も病態に合った薬剤を選択できると理想です。 スタチンはコレステロール合成の律速酵素である HMG−CoA 還元酵素を阻害しコレステロール産生を抑制するのですが,その結果として内因性のコレステロール合成も低下させますし, 肝臓における LDL 受容体活性の誘導が起こり,LDL の代謝が上昇して血清コレステロールを下げる薬剤なのです。 ところが,いま日本で生活習慣の悪化により増加しているコレステロールというのは, LDL の中でも少し粒子サイズの大きいレムナントリポ蛋白,あるいは粒子サイズがより小さい small dense LDL であったり,また HDL が低下することが問題なのです。 それには,内因性のコレステロール合成を低下させないで効く薬剤, すなわち LDL 受容体活性を低下させる薬剤やレムナントの基である肝臓での VLDL 合成を抑制する薬剤, あるいは HDL を増加させる薬剤といった選択肢が出てくると,より病態に根ざした薬物治療ができるようになります。

■作用機序の異なる薬剤併用で安全な薬効を

山田 また,私としては内因性のコレステロール合成だけに頼って抑えすぎてしまうというのは,もうひとつ納得しきれない部分があるのです。 例えば,高血圧治療でもいろいろな薬物の作用機序を使って,あまり無理せずマイルドな降圧効果を重ねながら全体として血圧を下げていこうという考え方のほうが, 安全性からみると妥当な治療法のような気がします。患者も一生飲む薬ですから安心できるでしょう。 そのあたりが今後の高脂血症治療の求められているところのように思います。 実際,HDL を増やす,VLDL 合成を抑制する,LDL 受容体にもっと直接的に転写調節のところで効くといった薬剤の開発の試みがなされ始めています。

■アメリカでは metabolic syndrome が治療目標に変わった

多田 ガイドラインを用いるときに,何のためのガイドラインかということが無視されがちです。 高脂血症のガイドラインは冠動脈疾患の発症を抑えるためのものですが,スタチンを飲めば死亡率も減って長生きもするという成績もあるとのことで, 何かおまじないのようにコレステロールがちょっと高いとすぐスタチンを飲むというのは,スタチンの使いすぎに結びついていきます。 何の目的のためにどの薬を使うかということがより大事です。それを,もう少し明確にガイドラインを作る側がアピールしていく必要があると思います。

寺本 確かにいまのガイドラインは LDL の低下を主眼として作られたものなので,スタチンを使うことが多くなるのです。

 ところが,昨年(2001)の 5 月にアメリカの National Cholesterol Education Program ATP III が発表され, その中で metabolic syndrome(すなわち先ほど山田先生がいわれた small dense LDL が出る,レムナントが出る,HDL が下がる)をとにかく重視しなさいということが述べられています。 今まではコレステロール,LDL といっていたのが,HDL や中性脂肪にも留意しなさいというふうに少し変容し始めているわけです。 LDL をある程度下げるということに関しては可能になってきたので,今度はもう少し質の高い治療をするために metabolic syndrome にターゲットを絞っていくというようなことだと思います。

■スタチンを中心としたさまざまな治療法の開発

寺本 そうなってくると,フィブラート製剤は効果があるのでしょうか。

山田 フィブラート製剤は大いに利用しうる薬だと思いますし,大事な第 1 世代の薬になります。ただ,残念なことにスタチンとフィブラートは薬物相互作用のために併用しにくく,どちらかを選ばなければいけないという難しさがあります。 一緒に使っても大丈夫な薬剤がいくつかそろってくるといいなと思います。

寺本 外因性の脂質に対して効果がある薬,例えばレジン系薬剤はどうですか。

多田 レジン系薬剤を投与するとコレステロールは確かに低下しますが, VLDL産生を増加させてしまうので,やはりターゲットとしてはコレステロール高値の患者になってくると思います。

 ただ,コレスチラミンなどのスタディでは HDL を上げるという報告もされていますので,そういう意味では HDL−C の低い患者に使えるのではないかと思われます。

寺本 もう 1 つ,現在開発中の薬剤でエゼティマイブがありますね。 外因性のコレステロールの吸収を抑えるということで,私はこれに期待しているのですが,いかがですか。

山田 まさにおっしゃるとおりで,レジンに比べるとコンプライアンスもよさそうですし, スタチンとは作用点が別のところなので,相加的な有効性が期待されています。あとは少なくとも治験レベルでの安全性が確保されれば,大いに利用価値のある薬となりそうです。

寺本 アメリカではどうもスタチンとの合剤という剤形で開発が進められているようです。 日本では合剤は許されていないので,そうはならないと思います。驚いたことに,エゼティマイブは常用量でアトルバスタチン 10 mg と併用すると,アトルバスタチン 80mg とほぼ同等の効果が得られるようです。

山田 ガイドラインがあって治療目標値を達成できない場合があるのは,スタチンの増量に対して抵抗感があるせいだと思うのです。 作用機序が違う薬を併用することによりスタチンの用量をセーブしながら目標値に到達できれば,これはずいぶん進歩だと思いますね。

多田 おっしゃるとおりです。われわれはいま,効果の十分でない患者を対象にレジンとスタチンを併用投与していますが, レジンがどうしても飲みづらいので,その点を改良した薬には非常に期待がもてます。

山田 最後に言っておきたいことがあるのですが,スタチンの使用頻度が多すぎるからといって, ガイドラインの診断基準値を上げることによって使用量を減らすというのは,私は邪道だと思っています。 そうではなく,あくまでも正しい使い方,すなわちハイリスク患者から使っていくべきだということを,ぜひとも知っていただきたいと思います。

寺本 高脂血症診療のスタートポイントは,スタチンが開発され LDL 受容体が発見された 1970 年代半ばですが,現在にいたるまで治療法はずっと進歩を続けてきました。 そして,いまはスタチンをいかにして安全にうまく使っていくかという時代に入ってきています。 21 世紀もスタチンが軸になって動いていくことは間違いのないことと思いますので,上手に使っていく方法論を確立すべく,われわれも努力してゆかねばなりません。

 今日は多くの貴重なご意見をいただきましてどうもありがとうございました。

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