■治療学・座談会■
外来で狭心症を診る
出席者(発言順)
(司会)山口 徹 氏 東邦大学医学部附属大橋病院第三内科  教授(現 虎の門病院 院長)
豊岡照彦 氏 東京大学医学部器官病態内科  教授
住吉徹哉 氏 榊原記念病院循環器科 副院長

安定狭心症と不安定狭心症 

■日中安静時胸痛と冠攣縮性狭心症

山口 典型的な夜間狭心症で発作がいつも明け方に起こっていれば冠攣縮性狭心症と診断することは容易ですが, 不定愁訴的に日中の安静時に起こる胸痛はどう鑑別,対処されますか。

豊岡 絵に描いたように冠攣縮が明け方に出てくるのはむしろまれだと思います。 また期外収縮を痛みと感じる学生が多く,そういったときにはエコーの次にホルター心電図を取ってみます。その後軽度の抗不整脈薬でかなり改善する症例もあります。

 それから,MVP が疑われる場合にはβ遮断薬などによる診断的治療をしています。

山口 β遮断薬を投与して,冠攣縮性狭心症で症状が悪化したという経験はありますか。

豊岡 20代の学生を見る限りでは,そういうことはほとんどありません。

山口 後に冠動脈造影を行うと攣縮が誘発されたという人の症状を見ても, 非典型的な症例が結構多くて,早朝の安静時の胸痛という典型的な症状から冠攣縮性狭心症と診断することはなかなかないと思うのですが,住吉先生どうですか。

住吉 たしかに症状が夜間ないし早朝に限らない方は少なくありません。 この場合,症状の頻度が少ないと診断に難渋しますが,頻度が多ければ,ホルター心電図で捉えられる確率が高くなりますし,また治療効果からも判定しやすくなります。

 典型的な安静時胸痛が日中にあった例には,ニトログリセリンを渡しておいて効果をみることができます。月に 1〜2 回以下と発作の頻度が少ない人はそのまま外来で経過をみますが,頻度が多かったり,1 回でも意識障害を伴うような強い症状があった方には緊急の入院を勧めます。

■労作狭心症の増悪による不安定狭心症

山口 難しいのは,不安定狭心症の新しく発症したタイプで最初の発作がそういう中に紛れ込んでいる例です。 それではまた明後日などと言っていると,その晩急に心筋梗塞ということがあります。

住吉 受診したときは症状が治まっていても,入院にすべきかどうかという判断が最も重要な場面です。 胸痛が長く 20 分以上続いた,脂汗を伴うとか,顔面蒼白あるいは脈が遅くなるなどの随伴症状があった。 このような場合は心電図変化が明らかでなくても入院を勧めます。 なかなか入院したがらないのが常ですが,病院の外で心筋梗塞を発症する危険性をよく説明して説得します。

山口 10 分ぐらいで治まるもう少し軽い場合はどうですか。

住吉 心筋梗塞に移行する確率が高いと考えられる場合は説得を続けます。 しかしそれでも入院せずに帰るとなったら,舌下錠を渡して,必ず緊急連絡の方法を教えておきます。

山口 確率が高いと思うポイントは何ですか。

住吉 症状が短くてもやはり随伴症状を伴うということです。

山口 私はやはり痛みの強さもポイントになると思います。 時間が短くても痛みが強ければ,疑いますね。しかし,入院させるかどうかは胸痛の持続時間がとても大きな因子になり, 時間が長ければ入院させ,短ければニトログリセリン,場合によってはアスピリンだけ渡します。その間に外来検査をやる。

住吉 そのような場合,私は Ca 拮抗薬を始めてしまうこともありますね。

■不安定狭心症を疑うときは外来検査は危険

山口 どうしても不安定狭心症を否定できないが, 入院させるほどには根拠がないという紛らわしいときに,何もしないで用心深く診ながら外来で検査を進めるのと,薬物を投与するのでは,どうですか。

豊岡 私も Ca 拮抗薬の投与を始めます。

山口 いちばん最初に Ca 拮抗薬でいきますか。

住吉 不安定狭心症を疑ったら,外来での運動負荷試験は危険なことが多いと思います。 逆にエコーなど安全な検査では,発作が重積して asynergy がでるほどでない限り,判断材料にはならないと思います。

山口 もちろん症状が重積している場合は入院させます。 入院させない程度だけど疑わしいというのはどうでしょうね。 狭心症ではない可能性が高いが,症状を無視するにはちょっと引っ掛かるという例は結構あると思いますが。

住吉 症状から少しでも可能性があると思われたら,私は入院を原則としております。

 症状が典型的でなく,たぶん違うという例では確認のために外来で運動負荷試験をすることはありますが,それもその日にかけるのではなく,もう少し経過を見てからにします。

山口 急性期の運動負荷は,やはり注意してかける必要があるのでしょうか。

住吉 不安定狭心症の場合は負荷をかけているとき,あるいは労作をしているときではなく,むしろその後の安静時に心筋梗塞を発症することのほうが多く,非常に危険ですので,そういうことからも外来での検査は危ないと思います。

山口 運動負荷検査をしないと不安定狭心症の診断がはっきりしないけれども,負荷をかけるかどうかの判断はなかなか難しいということになりますね。

住吉 どうしても負荷をかける場合でも,次のほうがよいということです。

山口 少し時間を置いて,治まっていることを確かめてから負荷をかける。それが安全な方法ですね。

■心電図のみでなく危険因子も考慮

山口 今度は心電図の話に移りたいと思います。鑑別のむずかしい場合として,病気があるのになかなか心電図に出なくて ST が下がらない場合と,ST が下がるけれども病気はない場合があります。また,ST が低下しても冠動脈造影ではまったく異常がないという場合もあります。

 運動負荷試験で ST は明らかに水平,場合によってはダウンスローピングであるけれども,虚血ではないという場合はどうですか。

豊岡 それは虚血でないといえるでしょうか。大血管に見えないだけであって,何らかの原因で冠予備能が少ない方なのかもしれません。

山口 若い女性などで心電図上少しおかしいので負荷試験を行ったら,ST が下がった。しかし本人は症状がないと言っている例はどうですか。

豊岡 私もそれに近い例を 1 例診たことがあります。若い女性で危険因子も少なかったのですが,やはりカテーテル検査をやってよかったと思っています。

山口 そういうときに危険因子を考慮するということがありますね。危険因子は何もないのに ST が下がるときは,軽視してはいけない。

住吉 教科書的に偽陽性の原因はいくつかあげられますが,先ほどの microvascular angina の鑑別など次のステップの検査を考慮したほうがいい場合があります。

山口 若い女性の場合はカテーテル検査より,まず核医学検査をやります。コストが高いという難点はありますが,診断である程度はっきりさせるためにはそこまで必要だと思います。

 冠動脈疾患がないことを証明するための冠動脈造影という適応もあると思います。

住吉 運動負荷試験で心電図上 ST 変化がない場合,陰性 U 波にも注目してほしいですね。 ST 変化に乏しく陰性 U 波だけが出現する。これもはっきりした虚血所見です。

山口 見落とさないようにしなければなりません。

■ホルター心電図は夜間の無症候性発作の捕捉に有用

山口 ホルター心電図で ST が下がるのはどうですか。

住吉 ホルター心電図の ST 変化の意味づけにも多くの留意点があります。 体位変化による ST 変化を虚血と誤らないこともその 1 つです。 ST 変化に心拍数の変化を伴っているか,あるいは持続時間がどうなのかなどもポイントです。

山口 症状との関係はどうですか。

住吉 もちろん自覚症状と一致すればいちばんいいのですが,無症候性心筋虚血(silent myocardial ischemia)や, あるいは夜間睡眠中の場合などは,持続時間がどのくらいであるかにも気を配る必要があります。

山口 豊岡先生はいかがでしょうか。

豊岡 同感です。心拍数の増加を伴う ST 低下なら虚血を真っ先に考えるべきです。攣縮なら例外的に徐脈になるかもしれません。

山口 ST の上昇についてはどうですか。 上昇といってもいろいろな程度があって一概には言えないでしょうが,ホルター心電図で ST 上昇を伴っていれば攣縮性狭心症を考えるということでいいですか。 すなわち,夜間における体位の変換による ST 上昇とどう見分けるか。本人は寝ているから症状はないわけです。

豊岡 そのときは ST の形が問題かと思います。

山口 瞬間的にトンと上がって,トンと下がるものはどうですか。

住吉 それは体位変換による変化だと思います。虚血性であれば徐々に上がっていくのでトレンド波形では角に丸みを帯びています。

豊岡 事前に体位をわざと変えてもらって,どの程度動くかを調べておくのもよいと思います。

■心筋梗塞の既往があれば心電図より症状優先

山口 次に ST がなかなか下がらないときですが,いちばん問題なのは陳旧性心筋梗塞がある場合です。 陳旧性心筋梗塞があるということは虚血性心疾患の既往があるということですから, 基本的に動脈硬化症があるわけです。Q 波があるような陳旧性心筋梗塞の心電図で少し胸痛があって来院したのだが, マスター 2 階段の運動負荷試験をしても ST の低下ははっきりしない。これは狭心症といえますか。

住吉 心筋梗塞の既往がある人であれば,自覚症状が比較的信頼できますから,心電図変化がなくても症状を優先します。

 症状がない場合は非常に難しい。心電図に ST 変化が出ない場合は外来レベルでは核医学検査をして診断するしかありません。 あるいは過去に冠動脈造影をやっている場合はその所見を参考に新たな虚血による危険性を予測できますから,冠動脈の再造影を積極的に考えます。

豊岡 私もそう思います。「疑わしきは罰す」です。

山口 虚血の既往が明らかな陳旧性心筋梗塞があれば,やはり新しい虚血の出現を考えてちゃんとした診断まで行くということですね。

 それで核医学検査までできればいいのですが,会社の診療所や実地医家の場合, マスターの負荷試験ぐらいまでしかやらないことが多く,そこで陰性であれば虚血の有無がはっきりしない場合があります。 陳旧性心筋梗塞があれば全例核医学検査のために大きな病院に送るべきでしょうか。どういう人たちを精密検査あるいは冠動脈造影まで送るべきとお考えですか。

豊岡 私はそう勧めます。

住吉 危険な確率がゼロでないわけですから,やはり専門家に 1 回は相談する。 核医学検査をやるという目的だけではなくて,症状の再確認も含めて診せていただきたいと思います。

■安定労作狭心症は病歴を優先して鑑別

山口 では,陳旧性心筋梗塞の既往がない場合はどうしますか。虚血はあったとしても大したことはないと考えて,もう少し経過をみますか。

住吉 非常に難しい質問です。

山口 しかしいちばん困るのはそういう場合なのです。明らかに典型的な虚血であれば,専門医に送るべきでしょう。

住吉 欧米に比べて日本人は運動負荷により再現性をもって陽性に出る人が少ないこともあります。 ですから問診による病歴を優先すべきであって,病歴から狭心症が否定できなければ,マスター陰性であっても専門医に送るべきです。

山口 やはり病歴がいちばん大切ですね。

住吉 安定労作狭心症の場合でも症状のでる閾値は必ずしも一定ではなく,再現性があるとは必ずしも限らない。 例えば午前中の通勤では発作が起こるけれど,午後の労作では起こらないということがあります。 これは攣縮とまでいかなくても,器質的な狭窄に加えて血管のトーヌスの亢進の影響があると思います。

山口 いまのは非常に重要なポイントだと思いますが,午前中に症状が起こりやすいということは, 攣縮性か労作性かはわからないにしても,本物の狭心症である疑いは強い。

 朝は何でもなくて,夕方帰るときに起こるというのはどうですか。

住吉 それはあまり経験がないですね。

山口 整理すると,典型的な労作で起こる,午前中に起こるというのは,症状としてはキーポイントだということですね。 それから,不安定狭心症にみられるような強い痛みや随伴症状を伴えば,負荷をやらないで急いで送りなさいということです。

住吉 不安定狭心症であれば救急扱いにしてほしいです。

■核医学検査陰性でも冠動脈造影を

山口 大きな病院に送られた後は核医学検査が決め手になりますが,それで陰性だったら冠動脈造影をしますか。

住吉 陰性と判断する前提として,運動負荷量が十分であることが必要ですが。

山口 核医学検査の虚血の検出度にどのぐらい信頼性を置いていますか。

住吉 単独の運動負荷試験よりずっと感度と特異度が高いわけですが,あとは患者背景ですね。 好発年齢や,冠危険因子の有無を加味したうえで,病歴のほうがやはり捨てがたいと思ったら,補助診断法がすべて陰性でも,冠動脈造影を勧めることがあります。

 冠動脈造影検査の危険性は昔と比べて減ってきているので,疑いを残して患者に大丈夫ですよと言いません。 40〜50 歳代の働き盛りの方などはとくにはっきりさせてあげたほうがいい場合がある。

山口 狭心症の診断をすることも大切ですが,現役のビジネスマンだったら, 狭心症でないことを診断することも非常に大切な場合があると思います。ないことを証明するための冠動脈造影も十分ありうるわけです。

 豊岡先生は核医学検査に全幅の信頼を置いていますか。

豊岡 やはりどれだけの経験があるか,どういう方法で見ているのかということにもよると思います。 重要な参考意見にはなりますが,それで陰性であっても,冠動脈造影はすべきだと思います。

 いまのお話は,他の循環器以外の疾患は否定してあるという前提でよろしいですね。 私の経験では,多くの場合には逆流性食道炎などの上部消化器疾患や呼吸器疾患が隠れていることのほうが多い気がします。

山口 診断について話してきましたが,外来での症状や病歴の聴取を丁寧にし, 狭心症を疑わせるものがあれば,いろいろな検査結果が陰性でも場合によっては冠動脈造影検査までして確認することが望ましいということですね。

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