■治療学・座談会■
日常診療での心不全治療のポイント
出席者(発言順)
(司会)吉川純一 氏 大阪市立大学循環病態内科  教授)
和泉 徹 氏 北里大学内科学 II  教授
金 勝慶 氏 大阪市立大学分子病態薬理学 助教授
友池仁暢 氏 国立循環器病センター 病院長

将来の展望

■望ましい強心薬の開発

吉川 心不全治療はこの 10 年間でずいぶん変わってきましたが,今後の展開や最近の話題について,友池先生からご紹介いただきたいと思います。

 

友池 心不全治療薬がジギタリスと利尿薬であった時代から,β遮断薬,ACE 阻害薬,ARB といろいろ私たちの選択する薬剤が増えてきました。 これは心不全の機序が細胞レベルでもわかってきたこと,あるいは心筋細胞のアポトーシスの起こり方がわかってきたことなどによります。 心不全の治療は今後もさらに大きな展開がみられると思います。

 

 例えば,PDE 阻害薬のように細胞内 cAMP を増加させ細胞内 Ca 濃度を上げたり,あるいは心筋の Ca 感受性を上げて酸素消費量を上げずに収縮をよくする Ca 感受性増強薬も出てきています。 生体内の生理活性物質ではアドレノメデュリンやグレリンなどいろいろ発見されていますが, それらが心不全にどうなのかについては現在検討されています。 また,エンドセリン受容体は血管や心筋の収縮性を高めるので,その遮断薬はリモデリングを抑制したり心不全を改善するといった実験結果や臨床データも出てきています。 アポトーシスや心筋機能不全を助長するサイトカインの遮断薬も臨床検討が行われるようになりました。

 

 このようにいろいろな作用点から心不全にアプローチできるようになってきているうえに, 遺伝子治療や細胞治療,あるいは再生医療の研究が進み,傷めた心筋そのものに対するアプローチも可能になろうとしています。 心不全の治療を担当している者にとっては新しい展開に目が離せなくなっています。治療法として,今後の発展が期待できる大きな分野です。

 

■既存の治療法も有効に使う工夫を

和泉 細胞治療や心臓移植,遺伝子療法など,根治的なお話が出てきましたので, 私は 3 点ぐらいに絞って,もっとやれることがあるのではないかという形で指摘したいと思います。

 

 1 つは,心不全は高齢者の人たちが多いので,医者が処方した薬を患者が本当に飲んでいるのかという問題です。 これについては,例えば ACE 阻害薬をみると 10%ぐらいしか有効量を飲んでいないという報告があります。 私どものセンターでは高齢者を対象として,介入した群と介入しなかった群とでどういう差があるかをみたのですが, 介入しても結果は同じでした。私は高齢者はもう介入を受け付けないのではないかと思うのです。 つまり,すでに確かな人生観をもっているので介入はあまり効果がない。

 

 では何が一番効果があるかと調査してみると,同居している家族のサポートです。 同居していないと意味がないようです。同居している家族がきちんと目を光らせている方の場合はお薬をきちんと飲んでくれている。 そうすると,やはり結果が違って現れてくるのですね。そのあたりを 1 つ考えてみる必要があると思います。

 

 2 つ目に,意外と物理療法が効果的だと思えることです。まずは,運動です。 「過剰な運動はいけない」というお話もありましたが,では適正な運動ならどうか。 嫌気性閾値(AT)を設定し,AT の範囲内で少し運動させると炎症性サイトカインなどは減少してきます。 また BNP も改善してきます。私は強い関心を払っています。では,日本人の大好きな温泉はどうか。 温泉はあまりよくないのではないかと思われてきましたが,ぬるま湯だとそうでもなさそうです。 鹿児島大学 鄭教授は「60℃のサウナがいい」とおっしゃっています。 温熱療法に加えてハリ療法なども期待できるのではないでしょうか。私は一度しっかり見直す必要があると思っています。

 

 3 つ目に,薬物療法のなかでも過去 30 年も使われている抗アルドステロン薬です。慢性心不全患者ではアルドステロン抑制が非常に大事な戦略目標になっていると思います。 極端な言い方をすれば,アルドステロンをゼロにしてもかまわないのかもしれません。 それが心筋マトリックスの線維化抑制などを通じて良い結果をもたらしてくれるのではないかと思います。

 

 確かに新しい治療方法もいいのですが,BNP のような指標もできてきていますので, もう一度古いものを見直して,検証し直すことも大切な将来展望に入るのではないかと考えています。

 

友池 物理療法に付け加えねばならぬ手法として補助人工心臓があります。 国立循環器病センターでは補助人工心臓を 11 名の重症心不全患者に使っていただいています。 経過をみていますと補助人工心臓から離脱できる方も出てきています。 おそらくご自身の心筋が補助人工心臓を使うことによって何らかの回復機転に入り,ポンプから離脱することができたのでしょう。 そういう物理療法も現在可能になってきていますので,従来ですと治療法がなかった重症の心不全患者にも明るい光がみえてきています。

 

吉川  私も大阪に住んでおりますので,メリットもデメリットもよく聞いております。 だから,そういうことで競争されるのは大変うれしく思います。(笑い)

 

■細胞治療や再生医療という新しいアプローチ

吉川 では最後に金先生,将来の展望について,薬理学をやっておられるお立場からお願いします。

 

金 薬理をやっている者というのは,一般的にこれまでは製薬会社がつくった薬剤を使ってその機序を研究するのが主だったのですが, 時代も変わってきていまして,遺伝子治療や細胞治療などが基礎レベルで可能性が大きく広がってきています。 特に最近“Nature”に,マウスの心筋梗塞モデルで骨髄の幹細胞を心筋に細胞移殖すると,そこで心筋細胞と血管が再生されて心機能が改善したという報告もありまして, 注目を浴びました。これまでの薬理学ではとうてい考えられない新しい発想だと思います。

 

 現在は世界的にベンチャー企業がバイオ産業の分野で精力をあげて産業化しようとしていますので,新しい発想が夢ではなくなる可能性があります。 今まではマウスでできても,ヒトではそれこそ 100 年,200 年先のことじゃないかと思われていましたが,思ったより早く臨床応用に向かう可能性が出てきました。

 

 われわれも基礎をやっている者も,心不全の細胞治療や遺伝子治療についても,これからはもっと積極的に取り組んでいく義務があると思っています。

 

吉川 最後に夢を語っていただきました。これでこの座談会を終わりたいと思います。長時間にわたり,先生方,どうもありがとうございました。

 
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