吉川 慢性心不全治療の最終目的は心不全症状の改善(QOL の改善)と生命予後の改善であると考えられていますが, 近年の大規模臨床試験により QOL の改善が必ずしも生命予後の改善と相関しないことが明らかにされてきました。 そこで,現在では心不全治療薬の大規模臨床試験のエンドポイントとして死亡率の改善が主として用いられているようです。
吉川 慢性心不全の治療の歴史を振り返りますと,ドラマティックに変化してきましたので, まず,現在における一般的治療法について和泉先生からお話し下さい。
和泉 慢性心不全は生命予後を問題とする疾患で, 心症状が明らかになってくる NYHA III 度,IV 度の慢性心不全患者の自然歴をみると,5 年間で約 40%の死亡率となります。慢性心不全は致死的疾患といえるわけで, これをいかに回避するかが現在における基本治療目標になります。 現在,最も信頼できる薬剤は ACE 阻害薬であることは,すでに皆さんご承知の通りです。
また,慢性心不全はポンプ失調を主徴としていますので,循環血漿量すなわち体液の管理が大切です。 これはお百姓さんにとっての水の管理と同じで,利尿薬を上手に使うことが必要です。
次いで,慢性心不全患者の約 30%に心房細動がみられ,これは心不全の大きな悪化要因となります。 また心房細動の存在により心房と心室の協調運動が崩れ,ポンプ出力が20%ぐらい落ちてしまいます。 ジギタリスは心房細動の頻脈を是正し,ポンプ機能を調える作用をもっています。
以上述べましたように,慢性心不全の基本的な治療薬は,ACE 阻害薬,利尿薬,ジギタリスになります。 この 3つの薬剤を上手に駆使する。そして,終局的にはきちんとその薬を飲んでいただく。 つまり患者の服薬受け入れ,コンプライアンスが大切になってきます。 私どもの施設ではNYHA III 度,IV 度で緊急入院する心臓救急患者が急性心筋梗塞症患者に匹敵するほど来院します。 この患者の退院時投薬をみますと,3つの薬剤の比率は,ACE 阻害薬約 80%,ジギタリス約 50%,利尿薬90%の服薬状況です。 これらは常薬として使われるもので,頓服を含みますと利尿薬はほぼ100%になります。 この事実から,3つの薬剤がだいたいこのような比率で一般的には投与されているのではないかと考えています。
ACE 阻害薬については,生命予後を改善するとの観点から,はっきりとした臨床症状を伴わなくても,診断がついた時点で使うべきだと思います。 つまり,Cohn らの定義に従えば,何が原因疾患であろうとも駆出率が低下し,身体活動能力が下がり, そして悪性不整脈が出現し,突然死の危険性が常態化したと認知された時点,それがたとえ NYHA I 度であっても ACE 阻害薬は使うべきであるということです。 利尿薬は過重な体液量を調節する薬剤ですので,NYHA II 度の段階から使うことになります。 ジギタリスは心房細動がある場合にはすぐに用いますが,この薬の非常にいい点は「安価」であることですので, 使える患者についてはかなり早い時点から使ってもいいのではないかと思っています。 というのは,ジギタリス自体に神経・体液因子調節作用があるので,これに耐えられる人には初めから服用して頂くのも 1 つの考えではないでしょうか。
吉川 友池先生,一般的治療でその他に何かありますか。
友池 一般的治療では,薬物治療と同時に服薬指導,生活指導が大切になります。 安静,食塩の摂取制限(減塩食<7g/日),服薬指導,感染対策,ストレス対策が大きな柱です。 心不全の再発や増悪を未然に防ぐには安静が必要です。 もちろん完璧な bed rest は不可能ですし,社会生活を営むうえでの身体活動は避けることができません。 そこで患者には,外来あるいは退院時に「この程度は動けますよ」という範囲をお教えして,やはりそれを見届ける必要がありますね。
また,食事に関しては,利尿薬の作用を生かすためにも,循環血液量が過剰にならないように塩分と水分の制限も必要です。 これは栄養士から患者と家族に具体的に指導してもらい,きちんと実行していくことが重要です。 また,毎日体重を計測することは,食事指導を守っているかどうかの目安になります。
慢性心不全患者には潜在的な肺うっ血がありますから,呼吸器感染が起こったときにどうしてもそれが増悪しやすい, あるいは感染を契機に心不全が助長することがあり,感染対策が必要になります。例えば,インフルエンザが流行し始める前に予防接種を行うことは大切です。 流行期には人込みに出ないように注意します。冬季は特に生活全般に対する管理が必要です。
心不全がさらに悪くなるとき,患者には社会や家庭生活でのストレスが大きく働いていることがあります。 ですから,長期的に管理治療が必要な患者の場合,服薬指導や生活指導に加えて,メンタルヘルスケアも必要になると思います。
和泉 慢性心不全患者の 2/3 は 65 歳以上の高齢者なので,生活指導は非常に大切になります。 しかし,Braunwald が指摘しているような塩分制限が本当に可能でしょうか。 私たちの検討結果では,1 日 2〜4g という強力な塩分制限はやはり実際的ではありません。過剰な塩分制限はかえって生活指導を長続きさせません 。私はむしろ利尿薬を上手に使うことを先行させています。
和泉 次に,一般的治療の評価の目安をどうするかという問題です。 私たちは脳性ナトリウム利尿ぺプチド(BNP)を壁応力(wall stress)の 1 つの指標と考えております。 これを一定の低値に保っていくように誘導しています。 心電図や胸部 X 線,あるいは心エコー図よりも,この血漿 BNP 値を少し偏重するぐらい評価して治療をガイドとするほうがいいと考え,実行しています。
友池 BNP 値の目安はだいたいどの程度ですか。疾患や年齢によって違うと思いますが。
和泉 BNP が 100 pg/mL を超えなければよい代償が得られていると考えています。 超えた場合には 200 pg/mL 以下でコントロールすることが,年齢を問わず,大切だと考えます。 ただ,特殊な疾患,肥大型心筋症や大動脈狭窄症,腎不全などの場合は除外して考える必要があります。
吉川 先ほど塩分制限に関して,和泉先生は厳しすぎるのも,というご意見でしたが,もう少しご説明いただけますか。
和泉 私が申しあげているのは,心不全の治療指針にある高齢者の塩分制限はあまりにも現実離れしているということです。 若い人たちはいいと思うのですよ。私もかなり厳しく言います。
友池 米国のガイドラインでは,1〜2g 以下の塩分制限を勧めていますが,日本人の食生活では困難です。 日本循環器学会が策定した「慢性心不全治療ガイドライン」によりますと,重症心不全では 1 日の食塩量は 3g 以下と厳格な塩分制限を行います。 軽症心不全では 1 日 7g 以下の減塩食をお勧めしています。 患者がお正月に外泊したところ,心不全が重症化して来院したというのをよく経験します。 おせちはとても塩分が多いので,循環血液量の過剰を引き起こして心不全が増悪したものと考えられます。 いずれにしろ,3〜4g 以下という塩分制限は入院治療でないと実現できない量です。
吉川 実際,不可能ですね。
和泉 4g というのはエスキモーやアフリカ原住民,ブッシュマンの摂取量です。
吉川 10g ぐらいが妥当だとお考えですか。
友池 健常人の目標値として妥当と思います。 残念なことに,最近,食塩摂取量が増加してきています。グルメの方だと 14〜16g になっているのではないでしょうか。
和泉 いや,そんなに摂ってはいけないですよ。 日本人の平均摂取量は 12g 前後です。北日本や南日本が高いですね。関西もちょっと高いのです。 そして,江戸あたりが 12g ぐらい。ですから,10g を割ることはそう難しくないですね。 7g 以内の食事は,塩を分けておいて「これを上手にお使いください」という形の料理になってしまいます。つまり,味つけができないのですね。
吉川 ラーメンを全部食べると 7,8g の塩分摂取になります。お寿司でもものすごく入っています。概して日本食は塩分が多いのです。
友池 ファストフードも塩分量は多いようです。
吉川 そういうことも考慮して総合的に治療に当たりなさいということですね。 患者に対して一定の説明は必要だが,非常に厳しい制限は問題があるといえますね。
吉川 先ほどジギタリスが治療の基本の 1 つとしてあがりましたが,それを使う際の注意点についてはいかがでしょう。 昔はジギタリスの急速飽和法を含めてかなり大量に使っていたように思いますが,実際の臨床で使う際の注意点について,お願いします。
和泉 私は,ジギタリスの使い方は逆の意味で非常に簡単になってきたと理解しております。 他の薬剤の開発が進みましたので,ジギタリスは使える人に使えばいいと割り切っています。 したがってジゴキシンしか使わず,急速飽和はしません。 ジゴキシンは薬効量と中毒量が非常に近似しているという特徴がありますので,若い人には例えばジゴキシンを 1 錠,ぱっと与えるという形でいいと思いますが, 高齢者の場合にはジギタリスを与える際の禁忌事項に該当しなければ少し少な目に与えて,それで問題がなければ続けて投与するという形にしています。
極論をいえば,特殊な場合を除き,現実的にはジゴキシン以外のジギタリス剤はいらないのではないかと割り切っています。
友池 よく処方されているジギタリス剤はメチルジゴキシン(0.1g 錠)とジゴキシン(0.25 g 錠)です。ジギトキシンは排泄が遅く, 中毒になったときの回復に時間がかかるので,最近は使われなくなっています。
吉川 開業医の先生のなかには,まだジギタリスをしっかりと使うという先生方もおられると思います。 数年前に,循環器病学会か何かのミーティングでお聞きしたところ,ジギタリスをしっかり使うという先生方がかなりおられましたからね。 私も和泉先生の意見には賛成で,全部そうしていますし全然問題ないと思うのですが,特に年を取ったドクターの場合は賛成でない方がおられます。
和泉 おそらく,ジギタリスの飲ませ方が 1 つの技術だった時代があったと思うのです。 それをマスターされた先生方はやはりそれを駆使したいと思うのではないかと思います。
吉川 次に,利尿薬の使い方をおうかがいしたいと思います。 利尿薬は,あまり使い過ぎると血液バランスの変化やカリウムの喪失などを来し, レニン−アンジオテンシン系を刺激する可能性もあります。利尿薬投与のポイントについてお願いします。
和泉 私は早朝時の体重測定を義務づけています。 心不全が疑われる方は 5kg 体重が増えたかどうかをヒアリングの目安にします。 治療においては,フロセミドを強力に使って減量を図るという使い方をします。 また,慢性心不全患者の管理においては,早朝時の体重が 2kg 以上増えたときを危険域と考え,頓服でフロセミドを使います。 このように体重にガイドされた水管理をしています。
また,大規模臨床試験 RALES(Randomized Aldactone Evaluation Study)の結果を受けて, 私どもは現在,アルドステロンは慢性心不全患者にとって好ましい体液因子ではないであろうという見方をしております。 したがってアルドステロンは抑制できるなら抑制した方がいいという観点で私たちは対処していまして, 抗アルドステロン薬を高齢者を中心として比較的ルーチンに使い始めています。
吉川 利尿薬のなかで抗アルドステロン薬を重要視しておられるわけですね。 この点で友池先生,いかがですか。利尿薬には他にもサイアザイド系,ループ系などがありますが。
友池 利尿薬はループ利尿薬(フロセミド)を基本にし,外来の診察時にラ音を聴取した場合は,さらに頓服を追加するといった使い方をしています。 ループ利尿薬で十分な利尿が得られない場合にサイアザイド系利尿薬を追加します。 ループ利尿薬の副作用として低カリウム血症を来すことがあるので, K+保持性利尿薬(抗アルドステロン薬,アルダクトン A など)を併用します。 なお,抗アルドステロン薬やジギタリスの副作用として女性化乳房があり,患者はそちらのほうが嫌だと言う場合があります。 そういうときには少し量を減らしたり,ループ利尿薬を増量したりします。
それから,心不全に心房細動を合併していることがよくあります。ジギタリスとともに抗凝固薬のワルファリンの投与が必要となります。
吉川 最近,心不全がある場合の心房細動例では頭部血管の血栓性閉塞症が注目されて,ワルファリンの使用はかなり進められているようですね。