三田村 いろいろなテクニックを駆使しても心房細動が抑制できない,あるいは慢性的に続く場合,不整脈を抑えようという治療では限界があります。 そういうときには最低限血栓の予防をしないといけません。これが心房細動の管理の要だと思いますが,そこでまたいろいろ議論があります。 ワルファリンが薦められていますが,医者の心理としてはアスピリンで済ませたいという気持ちは,皆さんもお持ちでしょう。 是恒先生,どういう症例だったらワルファリンにすべきなのでしょうか。
是恒 弁膜症性の心房細動はワルファリンです。これはもう皆さんご異論がないと思います。
三田村 軽い僧帽弁逆流(MR)がある場合を含みますか。
是恒 弁膜症性というのは,リウマチ性弁膜症とご理解いただいたらいいと思います。 軽い MR というのは,一応非弁膜症性に入ります。言葉の定義が混乱を招くことが多いのですが, リウマチ性疾患に伴う心房細動の場合はワルファリンです。
それから脳梗塞あるいは全身性塞栓症の既往のある場合がいちばんハイリスクですので, ワルファリンが有効で,アスピリンは無効であることがわかっています。少数例での報告ですが, 肥大型心筋症に伴う心房細動の場合もかなり脳塞栓が多いとされており,われわれのところではワルファリンを使うようにしています。
心不全や高血圧の合併例はもう少しリスクは減ります。
三田村 高血圧の合併例では,降圧薬でうまくコントロールしている患者も含むのでしょうか。
是恒 コントロールできていればリスクは少なくなります。 やはりコントロールできていない症例(収縮期血圧 160 以上)のほうが塞栓率が高いので,ワルファリン・コントロールをします。
三田村 よく迷うのは,持続性心房細動のほうが血栓ができる, 発作性心房細動なら大丈夫というイメージがありますが,それに関してはいかがでしょう。
是恒 両者は塞栓率には差がないという報告があります。 しかし,実際の経験では,発作性を繰り返しているほうが脳塞栓の合併が多い印象があります。 慢性心房細動に移行して最初の 1 年と 1 年以降を比べてみますと,最初の 1 年での発症が多いようです。 また,発作性心房細動は自覚症状のない場合もよくあるので,発作性であっても, いま言ったようなハイリスクの症例であれば積極的にワルファリンを投与するほうがいいと考えます。
三田村 結局はリスクファクターの有無で判断をしたほうがいいということになりますね。
三田村 それから,しばしば議論になるのは,高齢者にはワルファリンを積極的に投与するほうがいいかどうかです。特に 80 歳以上の患者には躊躇する先生方も多いと思います。超高齢者に対する対策はいかがでしょうか。
是恒 75 歳以上の女性がハイリスク因子であるとするデータがあります。 しかしわれわれのところでは年齢が高いだけでそれ以外にリスクがない場合には,ワルファリンは使っていません。 ハイリスクに該当する場合は,75 歳以上であっても以下であってもワルファリンを投与するのを原則としています。 ただし,患者がその薬の内容,治療を理解できるか。当人ができなくても家族が服薬を監視できるかが問題です。
三田村 飲んだのを忘れてしまったという症例もありますからね。
是恒 飲み間違えて多量に飲むようなことがなければ,高齢者でも積極的に投与したほうがいいと思います。 寝たきりになってしまうとご家族にとっても大変なことになりますので。
三田村 問題はワルファリンの強さです。量をどうやって判断して,どのくらいを目標にするのでしょうか。
是恒 SPAF−III(Stroke Prevention in Atrial Fibrillation III Study)ではプロトロンビン時間の INR(標準化単位)2〜3 ですが, 国立循環器病センターの山口武典先生らのデータでは,INR1.5〜2.1 という範囲でも 2 次予防に有効であるという結果が出ています。 日本人では欧米人に比し, 軽めのコントロールでよいことが実証された貴重なデータです。
三田村 それはリスクファクターのある人を含めた話ですか。
是恒 山口先生の研究対象は全部 2 次予防ですので,脳梗塞の既往のある症例ばかりです。 いちばんハイリスクの患者で INR2.5 以上だと日本人では出血のリスクが上がるので, 外国人に比べると日本人はもう少し軽めでコントロールをしたほうが安全面と有効面での両面でいいだろうと考えています。
三田村 プロトロンビン時間を使われるのですか。多くの病院はトロンボテストを使っていると思いますが。
是恒 当院ではもうプロトロンビン時間の INR で見ています。ただ実際には 1.5〜2.1 の範囲にコントロールするのは難しいのが現状です。
三田村 1.3 のときが出てきたりしますね。
是恒 そうなんです。ですから当院では 2 を中央値として 1.5〜2.5 の範囲でコントロールする。 ずっとコントロールできていて 1.5 を 1 回だけ切ったような場合は,服薬がきちんとできているか, あるいは食事のこと(納豆,クロレラ,多量の緑黄色野菜などの摂取)などを患者に確認します。 微調整する場合もありますが,様子をみて次回の外来でも 1.5 を切っていればそこで調整するというかたちをとっています。 3 を超えたような場合には数日間ワルファリンを止めて,その後 0.5 mg 減らす。そこは微調整をするようにしています。
三田村 そうすると 1 mg 単位の調節ではなくて,0.5 mg 単位の調節をするのですか。
是恒 0.5 mg 単位のときもありますし,1.5 mg と 2 mg を交互に飲んでいるという複雑なやり方もごく少数例ですが,する場合があります。
三田村 粉ですか。そこまで必要ですか。
是恒 いろいろやってみて,2 mg だと効きすぎで 1.5 mg だと効かないという場合もありますので。 粉ではなく薬局で半錠交付をしてもらいます。
山下 患者教育をすればするほど,患者もナーバスになって,これでいいのかなというところはあるんですよね。
三田村 山下先生はだいたいどのくらいの範囲でやっておられますか。
山下 私も是恒先生の書かれているものに従って,1.5〜2.5 です。 心房細動のハイリスク群を診られているのは,開業医の方のほうが数としてはずっと多いので, よく聞かれるのですが,ここまで正確にするのは難しいかもしれません。
三田村 私は出血よりも梗塞のほうが多い印象があるので,強めに投与する場合が多いです。
是恒 INR2〜3 というと,トロンボテストでは 1 桁台まで許容範囲になる。 開業医では当日検査の結果が出ないこともありますし, 出血が恐いので,実際にはあまり効かないレベルで,ワルファリンを 1 mg くらい投与している先生は結構多いように思います。 もう少し使いやすい抗凝固薬,抗トロンビン薬が経口で出てくれば有り難いのですが。
三田村 われわれも混んだ外来でどのくらいの頻度で検査をすべきか迷います。 頻回に行ったほうがいいのはわかっていますが,少し間を置く場合があります。 小田倉先生はどのくらいの間隔でチェックされますか。
小田倉 外来の患者数と来院の頻度,処方の都合からして,われわれの病院ではやはり月に 1 回ですね。
三田村 是恒先生はワルファリン教室を開かれていますね。それはどういうシステムですか。
是恒 ワルファリンの服用を始めるにあたって,少人数予約制のかたちで, 当院の薬剤師がワルファリンの必要性と,食事や薬剤の影響について説明し,原則的にご家族と本人で聞いていただいています。 投与を始めてコントロールがあまりにも不安定な場合には,原因を検索するためにまた薬剤師のほうに教育を依頼します。
三田村 糖尿病教室などと似ていますよね。しかし,糖尿病の場合は患者が自分でチェックできますが,これは少し難しいように思えます。
三田村 器質的な心疾患や高血圧のない,いわゆるリスクの少ない方にアスピリンを投与する場合,何 mg 使われますか。
是恒 現時点で,日本人でのエビデンスはありません。 海外では 300 mg が有効で,少量のアスピリンで効かないというトライアルもありますが,はっきりしたものはありません。 現在日本でローリスクの患者を対象に 160〜200mg のアスピリンで脳塞栓の予防が可能であるかどうかのトライアルが進行中なので, その結果を見て決めたいと思います。いま現在われわれのところでは,100〜200mg を投与しています。
三田村 100mg と 200mg の差というのはありますか。
是恒 そのトライアルに入っている人は 200mg にしています。
三田村 最後に,これも日常でよく迷うことですが,患者が手術をするときや抜歯をするときは,薬を止める必要があるのか。 止めるとしたら何日前から止めるのか。そのあたりのアドバイスをいただけますか。
是恒 抜歯の際には少し出血は長引きますが,アスピリンは止めていません。 ワルファリンは 3 日前から中止し,抜歯の翌日から再開します。 手術の場合はもう少し長く,4〜5 日間中止する必要があります。 緊急手術の場合はビタミン K で中和することもありますが,なるべくそれはしたくないので, 普通は自然に効果が切れるのを待ってから手術をします。 小手術の場合は次の日から飲んでもらいます。すぐには効きませんので,それで出血が起こってくることはまずないと思います。
三田村 大きい手術の場合,アスピリンは 1 週間ぐらい中止しますか。
是恒 たとえば心臓外科手術で完全に効果を切る場合にはやはり 10 日前から切ります。
三田村 心房細動は有病率が高いうえに,高齢者の方が多く,本当にみんなが困っています。 いろいろな治療手段が出てきていますが,まだ難しい面があって,個々に対応するケースが多いかと思います。 アブレーションの改良や新しい血栓予防薬の開発が期待されるところです。
今日はいろいろ細かいことまで教えていただき,ありがとうございました。