島田 そのような観点からこのガイドラインは,リスクの層別化(risk stratification)という手法を用いています。140/90mmHg,160/100mmHg,180/110mmHgという3段階で, これはWHO/ISHと同じですが,リスクファクターが違っていたんですね。WHO/ISHは4段階ありました。 いかにも日本的で,簡単にトランジスタ化したような感じです。すなわちリスクファクターのあるなしで分けた。 糖尿病を合併している集団と,症状はないが臓器障害の兆候がある集団,さらにはもうすでに心血管系疾患の症状を有している集団,そのようなものを最高リスクの集団に入れています。
リスクファクターに関しても,喫煙,高コレステロール血症,糖尿病,高齢者,若年発症の心血管病の家族歴と, WHO/ISHとほぼ同じで,わりと単純化したかたちで分類しています。
このようなマトリックスに並べたときに,それぞれ高リスクや中等度のリスク,低リスクと, その人の予後の発症率を推定するパーセンテージが欧米ではFramingham Studyなどで示されています。日本人は,西洋人とは疾患のパターンも違うし, リスクファクターの強さも違っている可能性がありますが,ここはもう借りたということでしょうか。
久代 欧米ではどちらかというと心臓病のほうが問題になるので,冠動脈疾患リスクの層別化が主眼です。 血圧だけ下げても高血圧患者の生命予後は改善できないという以前の介入研究の反省があって, 血圧以外の因子を考慮しリスクの層別化ということが強調され,血圧と同時に併存するリスクファクターも管理しようということになりました。
ところが日本は心筋梗塞よりも,脳卒中のほうが3〜6倍多いわけです。さらに収縮期高血圧に伴う老年者の心不全も今後問題になると思います。 日本人の心臓血管系疾患のリスクと層別化ということになると,脳卒中に加えて心不全を視野に入れたリスクの層別化が必要だろうと思います。 残念ながら都市部の住民を対象にした大規模なコホート研究が日本では十分ありません。欧米のデータを引用する場合, 対象の層が中年世代から下の層であれば,これでいいのですが,それより上の人たちに対しては,この層別化は1つの参考ということではないでしょうか。
平田 実際に診療にあたっていると,血圧値というのは治療方針の決定のうえで大きなインパクトがあります。 非常に高いと,すぐに治療しなければならない。ふつうはそう思いますが,このガイドラインではリスクの層別化という概念が導入され, それが非常に的を射ているので,目を開かされた思いがしました。
高血圧の場合はいまも久代先生がいわれたとおりですが,高脂血症のことを考えるとよくわかります。 日本人で高脂血症による心筋梗塞に対するリスクは欧米よりはるかに低いにもかかわらず, 治療ガイドラインは220mg/dLから,人によっては200mg/dLと,どんどん下がってきています。 高脂血症の場合も単にコレステロール値だけを目安にするのではなく,他のリスクファクターや心筋梗塞の既往の有無も考慮に入れて治療を決めます。 ほかに何もリスクファクターがなかったら,240mg/dLでも慌てて治療する医師はそうたくさんはいないと思います。 その考え方が高血圧の治療ガイドラインでもそのまま当てはまるのでないかと思います。
島田 JNC VIでは高血圧のなかでも正常高値という欄を設けています。140/90mmHg未満で, しかし収縮期が130mmHg以上あり,拡張期が85mmHg以上あるといったようなタイプの人です。そのような人がたとえば糖尿病があったり, 心血管障害をすでに発症しているような状況では高リスクだと判定し,その後の治療を促しています。
高血圧は単に血圧が高いということではなく,1つの病態だと考えると,高血圧性の心疾患なり腎疾患なり,血管障害の状況がある程度進めば, おそらく血圧とは独立して1つの病態が完成されていると私は思います。いままでの糖尿病や心不全,ACE阻害薬を代表とするような治療がわりと奏効し, 予後をよくしました。心不全や糖尿病性の血管障害は,高血圧性の機序をかなり含んでいます。 ですからJNC VIがこの部分をとり入れているのは素晴らしいと私自身は思っていました。 いずれにしてもより簡略化したということで, このリスク層別化は欧米の専門家からも,簡単でいいと評価されているようです。実地臨床にあたっては,各々の患者について, 血圧の値を先ほど議論したような方法で特定します。その後さらにこの患者の血圧以外のリスク,合併症あるいは臓器障害というものを評価しないといけないということになります。
平田 特に糖尿病は,日本でも重要視されるべき分野だと思います。
島田 糖尿病に関しては,現在すべてのガイドラインは,血圧を非常に低いレベルに保っていこうという考え方に立っていますが, これは,患者の個別的状態に対応しようという,要するに疫学的コンセプトが入っていることは間違いありません。
ですから,相当大きな集団を念頭に置いていると考えられます。もし140/90mmHgというカットオフラインを高血圧の判定基準にすると, ある年齢以上に達した人の2人に1人は高血圧の範囲に入ってくるので,これは大変な問題になります。だからこそ生活習慣が重要になってきます。 しかし1人ひとりの生活習慣も大事ですが,地域や,その時代の人たちの生活習慣をどうしようかという問題もあり, まさに厚生省が打ち出している「健康日本21」を映しているような方向だと思います。
島田 次に,食塩摂取量に関しては,欧米ではだいたい6gという基準ですが,わが国は7gです。 大した違いはありませんが,これに関してはいかがでしょうか。
久代 高血圧学会のガイドラインで私自身がいちばん納得できないのが7gという基準です。 日本人の食塩摂取量は国民調査では13g強で, 和風の食習慣を保ちながら7gにするというのは,極めて困難です。特に老年者にきつい食塩制限をすれば食欲もQOLも落ちます。 非薬物療法のメリットとデメリットを考慮しどこまでこれを守らなければいけないかという点については主治医の判断によるべきだと思います。
島田 「健康日本21」は10gですね。
久代 降圧効果からみた理想を示すなら6gでよかったのかもしれませんが,なぜ1g上がったのかその根拠もよくわかりません。 減塩は食塩を多く摂っている,あるいは食塩感受性のある人に指導するほうが効果的なわけです。 食塩感受性を事前に知ることは困難です。 食塩摂取量は高塩分食の摂取頻度調査などで推測できますが,基準化された方法はありません。 ガイドラインでは食塩摂取量の実践的な評価法についても触れて欲しかったと思います。 私自身は問診で食塩摂取量が多過ぎると考えられる場合は栄養指導を受けてもらい,1日10g前後の薄味に慣れてもらうようにしています。
平田 私は,かつて食塩負荷や食塩制限試験を相当数の患者で経験しました。当時は1日15gから8gに下げると, 約半数の患者は平均血圧が1週間以内に10mmHgぐらい下がりました。一方,3gから8gに増やした場合は血圧は少し上がります。
私の外来には尿蛋白がでる患者が多いので,24時間蓄尿を多くの患者にやってもらって食塩排泄量を調べています。 それによると食塩制限はほとんど守られません。しかし目標はあくまで8gで,いまの2/3ぐらいに減らしてくださいということをしつこく言います。 そうすると女性ではかなり几帳面に守ります。そのような患者の多くは,自分で食事を作る人が多いようですが,男性はほとんど駄目ですね。
7gまで下げれば十分な降圧効果があるだろうと思いますが,私自身は8g/日を薦めています。
島田 日本人の食塩摂取量は1988年(昭和63年)ぐらいに底に達したあと,まただんだんと上がってきていますが, お二人の考えでは,この部分に関してはもう少し緩めてもいいのではないかということですね。アメリカはDASHダイエットなど, ダイエットに関していろいろな実験的試みを行っていますが,日本でも,食事の内容についてある程度提言をすべきかもしれませんね。 減塩醤油などいろいろなことを工夫すれば,7gでもたしかに食べられる。そうしないと単に7gにしなさいといわれても,ちょっと困りますね。
久代 男性の場合はかなりの人が外食をしており,またコンビニで調理済み食品を買ってくる人も多いわけです。 そのような人たちも視野に入れて,和風の伝統を保ちながら,具体的にどうやって摂取量を減らすのかという実際のノウハウも示したほうがガイドラインが生きてくると思います。
平田 塩はすでに食材にもかなり入っているので,たとえば食パンでも1切れに1gぐらい入っている場合もあります。 厚生省は食塩制限のことを真剣に考えるのであれば,加工品に入れる食塩を制限をしろとはいえないかもしれませんが, この食品には塩が何g入っているということを表示するようなことはやるべきではないかと思います。
島田 まさにそれが疫学的コンセプトに則った血管障害に対する取組みになるのではないかと思います。
島田 体重についてはいかがでしょうか。日本人の場合はだいたいこんなものでいいですか。
久代 日本の高血圧ガイドラインでは,標準体重をBMI 22kg/m2とし,26.4以上を肥満として減量を勧めています。 JNC VIは理想体重より多ければ減量すべきであるとし, WHO/ISHはまず5kgの減量を勧めています。多少の差はあるようですが,基本的には減量の重要性が強調されています。 実際減量は非薬物療法の中では最も降圧効果が大きいことが示されていますが,なかなか成功しないのが泣き所です。 日本では小太りの高血圧患者が多いので,どのようなアプローチをするのかは重要な課題です。
島田 久代先生は何かやり方をお持ちですか。
久代 高血圧治療は生涯続けなければいけないわけですから,無理な減量を強いて患者を挫折させることは避けるべきです。 挫折すれば高血圧治療自体から離れてしまう危険があります。しかし,主治医が最初から減量指導を諦めてしまうのは問題です。 私は小太りの人は今の体重がちょうど良いと思っている人もいるので,18歳頃の服が着られないなら肥満があることを自覚してもらいます。 食事の前に野菜サラダを食べる,1日40〜50分の散歩をする,間食はキシリトールのガムにするなどを勧め,まず2kg減量しそれを維持してもらうようにしています。 維持できれば8割成功と話して,さらに2kg減量を指導しています。毎日体重を測定し推移をグラフ化し, 家庭血圧測定も測り減量による降圧効果を自覚してもらうことも有用です。大分医大の坂田先生は,1日4回体重を測りグラフ化すること, 食事,睡眠時間など生活習慣を24時間を帯にした図にして毎日記録してもらい視覚で理解するもらうこと,食前にキシリトールのガムを10分間噛むこと,などを勧めています。
島田 減量させるいちばんの方法はカロリー制限でしょうか。
久代 減量するうえでカロリー制限は不可欠です。 しかし,特に女性の場合は低エネルギー食に適応してしまい1400kcal前後の減食では減量できない人もいます。 ですから減量療法は減食と運動を併用するほうが効果的で,単独でも降圧効果が確認されているので高血圧患者には併用が勧められます。
平田 運動自体はものすごい量をしないと体重を減らすことには役立たないが, 運動を併用しておくと食事制限も長続きするという意味でしょうか。
久代 高血圧患者に勧められている最大酸素摂取量の5割程度のダイナミック運動を40〜50分行って消費するエネルギーは150〜200kcalですし, 運動すると食欲が亢進するので,運動のみで望ましい体重に到達するのは困難です。 しかし減食のみでは,減量できてもリバウンドが多く体重維持が困難とされています。軽い運動は体重維持に役立ちますし, 運動習慣を身につけると喫煙,飲酒量が減ることが期待できます。生活習慣のうち,何かをやめてもらうのではなく, 運動はしてもらうわけですから指導しやすいと思います。また,生活習慣の中で残念なのが喫煙です。 個人に対する指導と同時に,不特定多数の人が集まる場所は法律で禁煙にするなどの環境整備を積極的に勧めるべきです。