島田 日本高血圧学会のガイドライン委員会が中心となって作成した『高血圧治療ガイドライン2000年版』が2000年7月に発表されました。 いままでの高血圧診療をまとめたということではタイムリーな企画です。 同時に,今後どのような診断基準や診療方針をとるべきかということに関してかなり断定的に述べた部分もあり, 実地臨床家にとっては,ガイドライン作成の経緯も含めて,なぜそのような方針をとるべきなのか, もう1つはっきりしない部分があるのではないでしょうか。内容をより実質的なものにしていくためには, さらに議論を重ねて,このガイドラインを一つずつ実地臨床に根づかせていくことがあるべき姿ではないかと思います。 そこで本日は,このガイドラインの内容について,問題点を探っていきたいと思います。
島田 このガイドラインでは,最初に疫学について述べています。 従来のわが国の報告書なり研究書では,疫学についてはしばしば疑問が呈されてきたのですが, ここでは時代的な血圧の推移や発症率について,日本各地の疫学成績をもとに要領よくまとめられており,非常に勉強になるのではないかと思います。
次は本論ですが,冒頭で診断基準を明確にしています。 つまり,高血圧の分類についてはWHO/ISH(1999 WHO−International Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension)や JNC VI(The Sixth Report of the Joint National Committee on Prevention, Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure)と ほとんど同じ基準となり,正常血圧を140/90mmHgというWHOの従来の基準から130/85mmHg未満というようにより厳密に定義しており, 同時に,高血圧の範囲を従来の160/95mmHgから140/90mmHgというカットオフラインまで引き下げています。
この点について,実際の高血圧患者を診療している医師のなかには,本当に130/85mmHgあるいは140/90mmHgまで下げないといけないのか疑問の声をあげる人もいますが, この点についていかがでしょうか。
久代 疫学調査による血圧と,心臓血管系疾患のリスクに関する検討では収縮期血圧は120〜130mmHg, 拡張期血圧は70〜80mmHgからリスクが立ち上がってきます。 しかし,降圧療法で心臓血管系疾患をどれだけ予防できるかということを検討するための介入研究は多くの場合140/90mmHgを降圧目標にしています。 ですから,120/80mmHg未満の至適血圧と140/90mmHgの間はグレーゾーンで,介入研究で降圧療法の効果が証明されていない部分になります。
evidence based medicine(EBM)を実践するなら,介入研究は重要視すべきで, その場合には欧米で用いられているカットオフラインを使わざるをえないわけです。 ところが欧米では,介入研究の場合,血圧はおおむねナースが測っています。 5分以上安静にして,1回目が高かったらもう1回測り,さらにもう1回測るという方法で,3回ぐらいの平均値をとっています。 日本の忙しい外来で,ドクターが測った血圧値とはちょっと違います。
日常診療における降圧目標にガイドラインを応用する場合に,測定条件の違いに配慮しておく必要があります。 今後,良い条件で血圧測定が行われるような環境整備が必要だと思います。EBMに則った高血圧治療を日本で実践するうえで, 集団レベルの知識の集積であるガイドラインと個別の血圧管理に応用する場合のジレンマの1つです。 実際には個々の例,特に高齢者では配慮が必要ですが,基本的にはガイドラインの降圧目標を尊重すべきだと思います。
島田 重要な点をご指摘されましたが,平田先生,いかがでしょうか。
平田 これらのガイドラインは目指すべき理想をいっているのか,あるいは最低このラインは超えようという線を示しているのか, 2つの考え方があると思いますが,このガイドラインは両者が入り交じっており,診断基準に関しては,理想をいっている部分ではないかと思います。
いろいろな疫学研究から考えると,130/85mmHgよりは125/75mmHgのほうが心筋梗塞や脳梗塞,脳卒中にしても発症率は低いので, 低めのほうが確かだと思います。ただし現実はどうかというと,外来で測った値と家庭での血圧の差もあるし,久代先生がいわれたようなギャップはあるのではないかと思います。
島田 疫学研究や介入研究によって,血圧が低ければ低いほどよさそうだというエビデンスが積み重ねられているので, 高血圧に対してより低いラインで取り組むため,臓器障害がまだ進行していない,より理想的な血圧レベルで対処していこうという表れが, このようなカットオフラインなのだと思います。 われわれとしてもその概念は尊重しつつ,同時に久代先生がおっしゃったように,血圧測定の方法を標準化する必要があると思います。 具体的には,飲食した後の測定についてとか,測定前の安静時間,カフを下げるスピード,バイアスなど,いろいろなことを充実させる。測り方によっては,少なくとも数mmHg以上は違うと思います。
島田 家庭血圧,あるいは24時間血圧測定(ambulatory blood pressure measurement :ABPM)という, 高血圧の新しい診断基準が出てきています。JNC VIでは135/85mmHgを昼間血圧,あるいは家庭血圧の正常上限としており, WHO/ISHではABPMの1日の平均値を125/80mmHgぐらいに設定しています。
ですから,血圧の基準に関しては,ヨーロッパ,アメリカともに統一した見解はないのですが, このガイドラインでも家庭血圧の有効性について議論しており,その基準値を今井先生(東北大学)らが行っている大迫研究から, 予後の分岐点であるとされている135/80mmHgを正常の上限であるとしています。これは先ほどのカットオフラインほど固まった血圧ではないと思いますが,このへんはいかがでしょうか。
久代 残念ながら,家庭血圧,あるいはABPMを指標にした大規模な介入試験がないので, 管理指標としての血圧値を決めるには難しいところがあります。しかしいくつかのデータが出てきており, 1つの目安として外来血圧に補完的に使うということでは, 島田先生がおっしゃったようなレベルでいいのではないかと思います。
島田 家庭血圧の測り方としては,起床後ベッドのなかで測ることを勧める人もいます。 一方,ベッドを離れて活動を少し開始し,しかも食事をとる前の,いわゆる食前の血圧を家庭血圧のスタンダードとして推奨される方が多いのですが,平田先生はどう思われますか。
平田 その時間は非常に忙しい時間でもあるのですが,余裕のある方はその時間にお願いしています。 そこである程度満足のいく値であれば,おそらくは1日中適切な値で過ごされているのではないかと思われます。
平田 それに関して,今度,島田先生が班長で,日本循環器学会のガイドラインをまとめられましたが,あの基準値もこれと同じだったのでしょうか。
島田 あのときは今井先生,川崎先生(九州大学),林先生(津島市民病院)たちの日本人の正常値血圧集団のデータがありました。 それからいくと1日の平均で130/80mmHgぐらいがmean±SDの範囲に入っていたので,130/80mmHgが正常範囲になっていたと思います。
1日平均だと夜間の血圧が入るので全体で下がりますが,昼間の平均だとだいたい135/85mmHgぐらいです。 ですから,130〜135mmHgあるいは80〜85mmHgぐらいが正常上限だと考えていいのではないかと思います。 アメリカの高血圧学会は135/85mmHgが昼間で,1日の平均は130/80mmHgとしており,欧米,日本を問わずだいたい同じようなラインではないかと思います。
久代 個人の血圧の代表値と管理指標としての血圧の2つに違いがある場合にちょっと問題があり, その差を補うのに家庭血圧あるいはABPMが役に立つと思います。しかし管理指標としての原則は,やはりエビデンスの多い外来血圧を用いるほうがいいと思います。 そして,それではどうしてもはっきりしない早朝高血圧や白衣高血圧,あるいは家庭で下がりすぎている場合などは, 家庭血圧あるいはABPMで補完して,血圧管理に使っていくのがいいのではないかと思います。
島田 いくら家庭血圧が正常のようにみえても,医療現場における従来の計測方法で血圧が上昇したとすれば, 上昇したということは重要な事実です。そのような人たちのなかには高血圧と同様の発症率を有する人たちがいる可能性もあるので, 管理基準は久代先生がおっしゃったように,あくまでも診療所の血圧値をみていく。 それであまりにも違いの激しいときは,家庭血圧にかなり重きを置かないと妥当な診療を行えなくなるのではないかというのが,いまのだいたいの考え方だとみていいでしょうか。
そういったかたちで血圧値を正確に,しかも何回も測定して,まず,その人の血圧値のだいたいの基準を決めます。 そのあとの高血圧の診療は,血圧値自体の判断だけではなく, 高血圧であることがその人にどのようなtarget organ damage(TOD),あるいはもっと踏み込んで予後にどのような影響を与えているかということをみていくことが大事です。