室田 血管新生の研究は今日ここまで進歩してきましが,最後に,今後のさらなる夢を語っていただきたいと思います。
澁谷 私は基礎研究部にいるので,VEGFとその受容体を基本にして,この方面から内皮細胞の素顔を明らかにしていきたいと思っています。 この系は臨床応用の面でもポジティブな使い方や,あるいはその抑制薬など,いろいろな使い方ができそうですし,生物学的にも非常に基本的な調節系の1つですので, 徹底して研究してみたいと思っています。
佐藤 注目すべき因子としてはエフリンとEphがあると思います。 これは胎児の血管の形成に非常に大切だというデータが出ていますが,実際に腫瘍などの血管新生においてどういう働きをしているのかはわからないので, そのような解析は今後進んでいくだろうと思います。
今日はふれませんでしたが,われわれは内皮の転写因子の立場からの解析を行っていて,内皮の分化や血管新生における遺伝子発現調節ということを研究しています。 VEGF受容体がKDRをブロックすると内皮も血球も出てこないという現象が認められていますが, たとえばSCLという転写因子をブロックしてもやはり出てきません。VEGF受容体との関連はわかりませんが, 今後,転写調節のかたちから解析ということもあわせて突き詰めていけば,分子レベルの解析がもう少し進むのではないかと思います。
もう1つ,昨年(1998年)のScience誌の最後を飾ったのはヒトのES細胞ですが,たぶん21世紀はヒトのES細胞を使った臓器再生ということがいちばん大きなトピックスになると思います。 どんな臓器でも血管がなければ機能しないので,そのような点からも,ヒトのES細胞からの血管再生は倫理的な問題はあるにせよ, 今後どうしても取り組んでいかないといけない課題だと思います。
室田 その場合,どこからES細胞を持ってくるかということが問題になってくると思います。 どういう方法がいいのかわかりませんが,健康な若いうちに各自のES細胞を用意しておくという時代がくるかもしれませんね。
佐藤 ES細胞ではありませんが,骨髄や臍帯血で用意しておくことはおそらくできるでしょう。 ES細胞についても,近い将来できるようになると思います。
室田 ES細胞はマルチポーテントですから,VEGFその他, うまく刺激を使い分けることによって血管内皮細胞以外にも周皮細胞や平滑筋細胞にも同時に分化させることによって完全な成熟血管を形成させることも可能でしょうね。
EPCなどでは,VEGF遺伝子を導入して虚血部位に注入しても,成熟した血管ができるかというと,非常に疑問があると思います。 そのときにたとえばES細胞を使えば,この中にいろいろな能力の細胞があるはずですから,ちゃんとした血管が出てくるのではないかと思います。
佐藤 いかにいい血管をつくるかということを重要視する人もいるし,その可能性は十分にあると思います。
戸井 EPCやアンジオスタチン,エンドスタチンに代表されるネガティブ・レギュレーターに関しては, 局所の血管新生から全身性の血管新生という1つの研究の流れがあるように思います。 ポジティブ・レギュレーターについても血小板中のVEGFが癌患者では増えています。 HGFの値も血清中でずいぶん高い症例があります。これらはいずれも血管新生は,たとえ腫瘍が小さくても全身性の反応をすでに惹起していることを示していると思います。 したがって,血管新生をシステミックな事象として理解してゆくことがますます重要と思います。
また,これらの基礎的理解は癌の抗血管新生治療を進めるうえで大きなバックボーンになると思います。 抗血管新生療法も単独の治療でどうということは可能性が低いと思います。いろいろな抗血管新生療法が出てきて, 多彩な癌の病態に対応できるようになればと思います。また,既存の治療との上手な組合せも重要です。 抗癌薬やホルモン療法との相加・相乗効果は動物実験では多く報告されています。臨床的に投与の方法や組合せをなるべく早く開発していく必要があると強く感じています。
室田 今日の座談会に出てきました数々の話題からもわかりますように,循環器領域における過去10年間の進歩は, まさに驚嘆に値します。とくにヒトES細胞を手中にできたことは,単に移植再生医療分野のみならず, 医学界全体,ひいては社会全体にまさにミレニアムにふさわしい画期的な時代が到来することを予感させます。
皆様に夢を語っていただいたところで,本日の座談会を閉じたいと思います。今日はお忙しいところをどうもありがとうございました。