目次へ pagetop
インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント
0 I I' II III IV V VI
I I. 医薬品の選択におけるエビデンスの使用:オーストラリアの医薬品給付システム(PBS)
 (The Use of Evidence in Drug Selection:
 The Australian Pharmaceutical Benefits Scheme)

Suzanne Hill,David Henry,Alan Stevens
津谷 喜一郎  東京大学大学院薬学系研究科 医薬経済学
菊田 健太郎 
I. 医薬品の選択におけるエビデンスの使用:
オーストラリアの医薬品給付システム(PBS)

The Use of Evidence in Drug Selection:
The Australian Pharmaceutical Benefits Scheme
 Suzanne HillDavid HenryAlan Stevens
訳:  津谷 喜一郎 東京大学大学院薬学系研究科 医薬経済学
   菊田 健太郎
エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
序 論(Introduction)
ポリシーの論拠(Rationale for the Policy)
文 献
用語集(Glossary)

エグゼクティブ・サマリー(Executive Summary)
 The Pharmaceutical Benefits Scheme(PBS)はオーストラリアの国民医薬品給付 ・ 償還システム(national drug subsidization / reimbursement plan)である。これは人々がコミュニティにおいて,必要な薬剤にアクセスできるよう保証するものであり,また処方薬の価格設定のシステムでもある。もし承認された処方薬が,このプランに含まれていない場合,オーストラリアでのその処方薬は需要が非常に少ない。

 1992年以降,PBSに含まれる薬品の選択は,費用対効果分析(cost-effective analysis: CEA)にもとづいて行われている。このアプローチは,医薬品給付についての決定を下す際に,臨床的エビデンス(clinical evidence)と経済的エビデンス(economic evidence)の明示的な使用を必要とし,また研究者とポリシーメーカーの間の継続的な共同作業をも要する。過去8年間,このポリシーは広くレビュー,挑戦され,さらに厳格に吟味されながら実施されている。このシステムは現在,医薬品給付について合理的な選択をするためのメカニズムを作ろうとする他の国々のモデルとされている。このケーススタディの焦点は,選択する際のプロセスである。今回の研究はプログラムの歴史と実施されたレビューをまとめ,システムの利点とアプローチの有用性についての理由を探究したものである。
■□■  障害要因(Barriers)  ■□■
共同作業(Collaboration)
1991年にプロセスの開発をスタートさせた際に,ヘルスエコノミックスについての行政スタッフと研究者に技術的な能力の限界があったこと。しかしこれは必ずしも障害ではなく,プロセス開発を遅延させたものであった。
製薬会社との利害の衝突(conflict of interest)のないグループを同定し,なおかつシステムが有効であることを保証するための技術的作業を実行することができる人材を必要としたこと。
企業とではなく政府とともに作業するために,学術団体に十分な金銭的インセンティブを与えなければならなかったこと。
ポリシーメーキングにおける研究エビデンスの利用
(Use of Research Evidence in Policymaking)
特にシステムの実施を開始する際に,新しい薬剤の費用対効果分析を支持するための適切なエビンス(特にコストの面)が不足したこと。
初期の段階で,エビデンスを評価するための専用知識が不足していたこと。また結果を関連する人々に適用するための方法に不確実性があったこと。
エビデンスの秘密性についての強要
推進要因(Facilitators)
委員会が厚生大臣に推奨できるための基盤を記した法案の骨組みを提示したこと,またその骨組みにおいて,決定のための基準が明確であったこと。
エビデンスにもとづきアプリケーションを提出するためのガイドラインを作成し,広めたこと。
早期の段階(1991-1995年)に,ガイドラインの作成において政府と企業の協力があったこと。
意思決定を行うプロセスを支援するために研究者と政府が技術能力向上にむけて努力したこと。
意思決定のための,明白で一貫したプロセスがあったこと。
ポリシー実施に向けて必要なプロセスを支援するために効率的な管理体制があったこと。
エキスパート(臨床家や学者など)を専門家諮問委員会や適切な技術委員会に加えたこと。
ポリシーメーカーと学者の間の個人的な関係。
学んだレッスン(Lessons Learned)
強力な法律に裏づけられた,両政党による政治的関与が必須である。
頑健で防御的なプロセスも必要不可欠である。
経済面(売買に関する点)の決定に関し,ある程度の逆境は必然的に存在し,あらゆるシステムはこれに耐えうるものでなければならず,また有利になるように使用されるべきである。
意思決定のプロセスに携わる人々の利害の衝突をなくすことは,現実的でなければならず,またそのように受け入れられなければならない。
序 論(Introduction)
 オーストラリアは,人口約1900万人の先進国である。オーストラリアは能力ある医薬品規制当局をもつため,戦略上,多くの国の製薬会社は,東南アジア市場への入り口であるとみているが,医薬品の市場に関しては,オーストラリアの人口は世界の全市場のおよそ1%しか占めていない。政治的にはオーストラリアは,8つの州(state)と准州(territory)をもつ連邦国であり,政治はウェストミンスター・モデル(Westminster model)をベースにした多党性による議会制民主主義である。各州は州政府または准州政府をもっている。大まかにいえば連邦政府はコミュニティサービスを管理し,州政府は一般に地域の病院,道路,初等教育,中等教育などの基本的施設を含む州の問題を統括している。政治的環境は基本的に極めて安定している。現在,主な政党は自由・国民党(Liberal/National)と労働党(Labor)である。
■□■   ヘルスケアシステム(The Health Care System)  ■□■
 オーストラリアには全国民加入の健康保険を含め,包括的な社会保障制度がある。ヘルスケア提供は,州と連邦の共同管轄である。一般に連邦(Commonwealth)はコミュニティで提供されるヘルスケアサービスの責任を負い,州は病院で提供されるサービスの責任を負うが,その境界線は徐々に不透明になってきている。州は保険のための助成金を連邦から与えられ,各州の要望や方針によって助成金の用途を決める。オーストラリアには包括的な国民健康保険システムと公共ヘルスケアの高い水準がある。公営部門はケアをほぼすべての国民に与えるが,30〜45%の国民は国民一般の保険に加え民間の保険に加入している。民間の病院部門はたいてい選択的な手術(elective surgery)を提供しているが,その他の民間の保険会社から支払われるサービスは,関連したヘルスケアサービスや,徐々に増えている自然療法などの代替的または相補的なものも含んでいる。

 国民健康法(The National Health Act,1953)は,1983年に施行された国民保険プログラムのための,法案の骨組みの一部を提供している。そのプログラムはメディケア(Medicare)として知られ,医療費,検査料,手術料など,メディケア給付スケジュール(Medicare Benefits Schedule: MBS)に掲載されている医療費を患者に償還する用意をする。項目は申請内容の吟味,独立した諮問委員会からのアドバイス,さらに専門家との相談の後,連邦の厚生大臣の承認を経てMBSに加えられる。

 州と連邦政府はどのような内容がメディケアでカバーされるか(つまり連邦から支払われるか),またどのようなものが州の助成金によって支払われるかについて年次同意書を作成する。いうまでもなく,現在の財源状況と経済的合理主義下では,年次同意書作成の交渉は非常に難しい状態である。しかし,サービス提供の面においては,病院やヘルスケア団体よりもコミュニティで提供される傾向がある。

 コミュニティの助成金や償還による医薬品へのアクセスは,国民健康法を基礎として運営されているPBSにより保証されている。このプログラムは,コミュニティでの薬へのアクセスと,病院から処方されたいくらかの薬へのアクセスを提供している。これについての詳細は後述する。
■□■  医薬品分野(The Pharmaceutical Sector)  ■□■
 オーストラリアの医薬品業界は,多国籍企業の支店,ジェネリック薬の製造会社,さらに最近では,新規の化学成分を開発する少数の現地企業によって構成されている。医薬品業界では,主に東南アジアに市場を広げる輸出産業が増えている。国民健康保険制度とPBSのため,医薬品業界とそれに関わる専門家たちは,オーストラリアでは厳しい管理下にある。

 医薬の卸と小売業は,医療用物品法(Therapeutic Goods Act)にもとづく,国の医療用物品管理局(Therapeutic Goods Administration:TGA)に管理されている。

 州と准州の政府は,薬局の専門家集団としてと,薬局の商業的な業務を管理し,連邦政府は国民健康法を通してPBSを管理することにより,規制権限をもっている。オーストラリアで医薬品を提供する薬局の数と場所は,独立した法的権力をもつ連邦のオーストラリア・コミュニティ薬局委員会(Australian Community Pharmacy Authority)により管理されている。これは1995年に,国民健康法のセクション99Jにもとづいて設立されたものである。医薬品調剤のために,薬剤師に支払われる報酬も,1981年に国民健康法のセクション98Aにより設定された薬剤給付報酬委員会(Pharmaceutical Benefits Remuneration Tribunal)に管理されている。

 誰がどの薬を売るかについて,厳しい規制がある。すべての化学薬品は,医薬品・毒物スケジュール(Drugs and Poisons Schedule)によって分類され,販売はその分類によって制限されている。また,新しい化学薬品の分類は,登録・承認の手続きの際に行われる。一般に,処方薬はschedule 4または,schedule 8(潜在的に依存性のある薬品)に分類され,一般薬(over the counter: OTC)は,scheduleに不記載またはschedule 2ないし3に分類されたものである。schedule 3に記載されている薬品は,薬局でのみ販売されていることがあり,薬剤師が販売することが義務づけられている。schedule 2の薬品も,薬局のみにて販売されるかもしれないが,薬剤師による販売は義務づけられていない。scheduleに不記載の薬品は,スーパーなどでの購入の際についても専門家の指示は必要とされていない。〔scheduleなしの薬で現在入手可能なものの例としては,小さいパッケージがある。アスピリンやアセトアミノフェンの20錠ないし20カプセルである。schedule 2の薬には,アスピリンの大きいパッケージ(300 mgの100錠)や局所の抗真菌剤が含まれる。schedule 3はサルブタモール(sulbutamol)の吸入薬やラニチジン(ranitidine)の小さいパケット(7日分)が含まれる。〕

 schedule上の分類は,薬品をどのように宣伝するかも決めている。schedule 4の薬品は,公衆に直接宣伝されることはないが,製薬会社からこれを変更したいとのリクエストがあれば検討され,消費者に直接宣伝(direct to consumer: DTC)することを許可することもある。近年,医療用物品法と,医薬品規制について変更があり,schedule 2と3に記載されている薬品を,限られた範囲内で,公衆に宣伝することが許可された。

 PBSは,薬品に対する補助金または償還のための国のプランである。これは,処方薬の金額を決めるためのシステムであり,オーストラリアの国民に医薬品へのアクセスを提供するものである。もし,認可された処方薬がプランに入っていなければ,多くの場合,市場は小さくなる可能性が高い。PBSを用いない処方薬の個人的な市場は,オーストラリアの市場のおよそ6%程度になると考えられている1)。しかし,最近では,薬剤師がいくらかの薬品について,特定の企業と,少ない値上げ幅(mark up)で調剤するという契約を結ぶケースが出ており,これは処方薬の個人的な売買の市場を増やしている。
■□■  PBSについて:概要(The PBS: General Description)  ■□■
 近年(2001年2月現在),PBSは約650種の医薬品をカバーしている。剤形や価格別では約1,500種,さらにブランド名では約2,000品目の製品を市場に出している。異なるレベルの用法の制限がこれらの製品に適用されている。給付リストは広範囲にわたり,i)登録された医師,または,いくつかの種類については登録された歯科医により処方される薬,かつii)認定された薬剤師によって調剤される薬,を記している。プランに含まれる薬は,年に4回発行される「薬剤給付スケジュール」(Schedule of Pharmaceutical Benefits)に掲載されている。

 政府は患者への医薬給付コストを次の方法で減額している。
1. 製造者と卸売価格について交渉し,取り決める。
2. 調剤者への報酬は,独立機関である,薬剤給付報酬委員会により決められた金額を払う。(民間の調剤費用よりかなり低価格である)
3. 指定された処方薬の費用または自己負担(co-payment)分を超えた薬について,補助金を出す。
プランの主な特徴は下記のものである。
ほとんどの必要な薬品は政府によって給付される。
オーストラリア住民のコミュニティにおける費用は国民プランによりまかなわれる。
ほとんどの必要な薬品は政府によって給付される。
患者は一般総合医(general practitioner)を自由に選択することができ,患者の選ぶ薬剤師によってPBSの処方箋で調剤される。
患者は,PBSの各処方箋の費用について,治療の重要性ではなく,生活状態にもとづいて決められた自己負担金を払う。
自己負担用には,一般患者用(現在20.60オーストラリアドル)と,特別の社会保障カードをもった「特例」(concessional)患者用(現在3.3オーストラリアドル)の2種類がある。患者が処方に対して支払う1年あたりの費用には,「セーフティ・ネット」(safety net)により上限が設けられており,上限に達すると,さらに必要な処方について減額される(「特例」患者は無料,一般患者は特別料金)。
 新しい製品は,比較にもとづく,臨床的効果,安全性,費用対効果,の十分なエビデンスがなければPBSのもとでのSchedule of Benefitsに加えられない。これらが達成されると,使用はいくつかの治療分野に制限される。いくつかの製品については,使用の制限は,中央集権化された使用前許可プロセス〔当局許可(Authority Approval)が必要とされるもの〕,または適応と患者の数により決められる(Restricted Benefit)。制限が決められていない製品については,「一般給付」(general benefits)すなわち,すべての適応に対して使用可能である。

 価格規制も適用される。これらは,薬理学的グループの価格水準,治療グループ内での価格水準,または医薬品給付諮問委員会( The Pharmaceutical Benefits Advisory Committee: PBAC)によって評価された経済分析にもとづくものである。また,医薬品給付のために,小売の値上げ幅と調剤費用に関しての規制がある。給付の対象ではない製品については,価格に関しての規制はない。特例措置は,高度に特定化された薬と,特別のコードのある患者グループ,または遠隔地の人々のための薬に関して適用される。過去20年間のPBSの費用を図1に示す。
図1 PBSのコスト, 1979-1998
■□■  PBS設立までの歴史2)  
   (History of the Development of the PBS)  ■□■
 第二次世界大戦後の,国営化されたヘルスシステムへ向けての国際的な動きの流れの中で,オーストラリア政府は,国民が必要な薬品にアクセスできるようにするシステムを考案した。このプログラムは当初から論争を呼んだ。PBSを確立するための最初の法律(1944年)は,オーストラリアの最高裁(High Court)で憲法訴訟がなされ,違憲無効と判断された。主な反対者は医師らであった。

 憲法改正の後,2回目の法案は承認された( The Pharmaceutical Benefits Act,1947)[訳者註:オーストラリアのPBSの歴史的変遷については以下に詳しい。http://www.aph.gov.au/library/INTGUIDE/SP/pbs.htm]。PBACは,給付される薬品リストの作成を監督するために設立された。委員会の6人は,薬剤師会と医師会のメンバーで構成された。この委員会は,どの薬がscheduleに加えられるかについて,厚生大臣に専門的アドバイスを提出した。そのうえで,大臣が最終決断を下した。〔ここでオーストラリアのプランと英国のプランの違いを知ることは重要である。オーストラリアは,ポジティブリスト(positive list)を作っている。すなわち,ある製品をリストに入れるかどうかは大臣によってなさねばならない。一方,英国はネガティブリスト(negative list)を作っている。すなわち除外することの決定がなされている。〕

 最初の給付は,1948年であった。薬がscheduleに加えられるための基礎は,「フォーミュラリーの医学的効率(medical efficiency of the formulary)に貢献するものでなければならない」というものだった。

 この後20年の間に,PBACの構成はオーストラリア医師会(Australian Medical Association: AMA)に任命された2人のメンバーを加えて,わずかに変更された。会員については1970年まで公表されず,またscheduleに加えるか否かの,推薦理由についても公表されなかった。1973年に,PBACは医師や薬剤師に活動の内容を知らせるようになったが,推薦理由についての正式な理由は明かされなかった。

 PBACは,scheduleに掲載する薬の推薦を大臣に提示したが,コストについては考慮されなかった。PBSに加えられる薬の価格は,当初,製造者と保健省(Department of Health)の間で決められた。当時,ほとんどの薬は英国の薬品会社により供給されていたため,価格は基本的に英国の価格にもとづくものであった。

 1963年に,英国の価格と比較して,オーストラリアでの価格上昇について懸念が広まり,その後,独立した機関として医薬品給付価格局(Pharmaceutical Benefits Pricing Bureau: PBPB)が設立された。この部門は当初,省の職員らにより構成され,価格交渉に使用されるための薬の価格について,組織的に情報を収集した。その後の20年で薬に関しては先進国の中で最も低価格を提供できるシステムを作った3)。

 同時に,医薬品の分野では他の変化も起こった。1980年半ばまでに,数多くの多国籍の製薬会社がオーストラリアに支店をおき,地元の製造産業も発達しはじめた。もう一つの重要な進展は,HIVの発見と広がりに関連して,消費者活動家の運動が起きたことである。長時間に至る登録や承認の手続きのため,人命を救助できるような新しい薬へのアクセスが制限されているとみられ,医薬品規制当局に対して注目が向けられた。治療に関する製品の規制のよりよい管理のために,新しい連邦による法制の必要性が明らかになった。

 医薬品業界は,価格と,価格についてのさまざまな政策が業界の発展に及ぼす影響について懸念を表した。また,PBSの全体的なコスト上昇についても関心が高まった。その結果,1987年から1992年の間に医薬品の分野に多くの変化が起きた。
PBACが新薬をscheduleに加えるように大臣に推薦する際に,そのコストと効果を考慮するよう国民健康法を改正した。
PBACの委員について,業界団体からではない,大臣による新たな被任命者と,費用対効果分析の利用について関心のある一定数の学者の任命をした(PBACの会員資格についてはこの時点では定められなかった)。
審議について支援する技術的な分科会をPBACが任命する。
薬品の価格決定の際に,製薬会社が,オーストラリア経済へ貢献しているかどうかを審議するため,PBPBに代わる,医薬品給付価格決定委員会( Pharmaceutical Benefits Pricing Authority:PBPA)を設立した。
薬品規制に関しては,輸入薬だけではなく,すべての製品を管理するための新しい法令を設定し,薬品規制についての活動を連邦保健省と統合させ,治療目的の製品について国家登録制を設立した。
ポリシーの論拠(Rationale for the Policy)
 PBACの審議事項としての,薬品コストと効果の評価法を導入するにあたっての論拠は先に述べた。コミュニティのヘルスサービスのニーズと,産業発展のための経済のニーズの間には,基本的に緊張関係がある。この緊張は今日も続いている。PBACのコストは上昇し続け,新しい高価格の製品が開発され,さらに当時,政府は活性ある(viable)製薬業界を含む国家医薬品ポリシーを実施させようとしていた。そこで新薬がscheduleに加わるための方法を提供する,合理的(rational)で防御できる(defensible)意思決定のプロセスが必要だということが明らかになった。

 主な関係者は,医薬品業界,政府,消費者グループ,薬剤師,医師らであった。費用対効果分析の法案が導入された時,政府はそれを,PBSのコストの上昇を減少させるための手段であると考えた。しかしそれは製品の価格をさらに引き下げ,全体の価格への牽制とみなされ,薬品業界から法案に対して反発が起こった。

 当時,ヘルスケアの消費者は,政策決定のプロセスには関与していなかった。消費者の明白な懸念は,新薬へのアクセスがこれまで通り可能になるかどうかであったが,これは,公の場では表明されることはなかった。

 学者グループは政策を実施するためのガイドライン作成に広く関わっていた。しかし,医師や薬剤師の意見についての記録は残っていない。

 政策の主な正当事由は,PBSの薬のコスト上昇であった。ガイドライン作成のプロセスで,当時の経済学的方法論と理論の包括的レビューが示され3),保健省に報告書として提出された。これらの報告書は,意思決定における経済分析の役割を考慮し,医療技術評価(health technology assessment: HTA)の経験から広く導き出されている。
■□■  ポリシー実施の歴史:問題と抵抗  
  (History of Implementing the Policy:Problems and Resistance)  ■□■
初期段階(The Initial Phase:1989-1994)
 ポリシーを実施させるための,最初のステップは1987年に可決された法改正だった。第2のステップは,費用対効果を評価する際に使われる方法の骨組みを示した,テクニカルガイドラインの作成であった。ガイドラインは,医薬品業界からの考えもいくらか取り入れ,外部のコンサルタントにより案(draft)が作成された。この案は1991年に発行され4),その後1年以上にわたって,医薬品業界は,そのガイドラインにそって,新薬をPBSに加える提案を出しはじめた。

 1993年に,PBACは,費用対効果をレビューし評価するための,2つめの技術委員会を設置した。経済分科委員会(The Economics Subcommittee: ESC)のメンバーは,臨床医,疫学者,ヘルスエコノミストらである。医薬品業界も委員会に代表を参加させた。同時に,PBAC申請の評価プロセスも,今日必要とされている技術評価に対応するために,見直されはじめた。

 ガイドラインは,1992年に正式に認められるものとなり,1993年の1月上旬には,医薬品業界は,PBSに掲載されるべき薬の申請書をガイドラインにそって提出するよう要請された。この時から数多くの問題が生じはじめ,その長く続くある程度の対立が起こることになったのである。

 第1の問題は,医薬品業界にとって申請に必要な情報を提供するのに要する技術的能力だった。ガイドラインは,医薬品規制当局の要請に基づいて,臨床と疫学データを組み合わせることを特定するものであったが,これを現時点で可能な治療と比較した効果についてのデータも含むよう要請を広げた。臨床データを集め,解析するには,疫学の専門知識と関連する臨床試験へのアクセスが必要である。しかし,どちらも容易ではなかった。ガイドラインの疫学的な基盤は,医薬品業界の費用対効果についての期待と一致しなかった。製薬会社は,アウトカム・データと経済的モデリングを強調したアプローチを望んでいた。ESCとPBACによって採択された原則は,費用対効果分析を評価する最初のステップとして,臨床的評価に重点をおくことを強調していた。

 第2の問題は,新薬のリストを作成するための経済的な議論のために必要な,オーストラリアにおける費用についての情報が不足していることだった。これは,ガイドラインの一部として「コスト・マニュアル」(Manual of Cost)を作成することで解決された。

 第3の問題は,ヘルスエコノミックスに関する専門知識(expertise)が,製薬企業に不足していることだった。この専門知識は,それまで規制や販売において必要ではなかったため,そのための技術的能力の開発までに時間を要した。当時,保健省も同じ分野において,専門知識の開発を進めていた。
強化と新しいガイドライン 1995 (Consolidation and New Guidelines:1995)
 1992年から1995年の間に,保健省と医薬品業界では,経済評価を実施し,また,吟味する経験をつみかさねた。両者の関係は当時,かなり対立的であったが,確立されつつあるプロセスを妨害するような試みはみられなかった。当ガイドラインは,実際の経験がつまれることにより,いたらぬ点も見出されるようになり,レビューされることとなった。そして第2版が1995年に発行された5)。しかし,この第2版は,医薬品業界と相談のうえで作成されたものの,第1版よりさらに禁止的(proscriptive)で,厳格であるとみられた。

 内容の変更は,特に臨床的エビデンスの使用に関する,PBAC,ESC,さらに保健省のスタッフの経験に多くもとづく。この第2版のオーストラリアのガイドラインは,関連する生物医学(biomedical)の文献をシステマティック・レビューし,最良のランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)を同定し,またその試験の質を形式にしたがって評価し,必要な際にはデータを合成(pool)することを製薬会社に要請した。当時(1994年),国際的な非営利データ評価組織である,コクラン共同計画(The Cochrane Collaboration)や他のグループは,クリニカル・エビデンスを集め,評価するための標準的な方法を,まだ確立しはじめた段階であったので,ガイドラインはこの分野で,現在は認知されているアプローチの先駆けであった。

 経済評価の方法について,1995年のガイドラインには,あまり明確に記されていない。これは,臨床評価が多くの方針を決定するうえでの鍵である,と強く主張する意思決定者の考えにもとづくものであった。これらは当時,特にカナダの改定版ガイドラインや,他の薬剤経済学のガイドラインとコントラストをなすものであり,医薬業界からさまざまな批判が出た。ある意味ではこの批判は,ガイドラインは費用効用分析(cost-utility analysis: CUA)など,経済評価の技術を強調するものか,または臨床試験にもとづく経済評価について意思決定する委員会の経験と選好にもとづくものか,という哲学的討論とみることができる。

 臨床試験にもとづく経済評価とは,たとえば血圧,症状スコアの変化,または直接測定された生存年など,比較臨床試験で測定された結果を用いるものである。このアプローチの主な利点は,便益(benefit)の推定の不確かさを減らし,これによって増分費用効果比(incremental cost-effectiveness ratios: ICER)の割合の不確かさも減少する点である。一方,このアプローチの欠点は,臨床試験で測定された結果に限られるという点と,それらの臨床試験の期間の長さである。これは,たとえば試験にもとづいた経済評価では,新しい降圧剤については,血圧降下が主なアウトカムならば,「12週間における,血圧1 mmHgの違いについての増分費用」についての情報しか与えないということである。するとつぎの質問は,臨床試験の結果から,ヘルスエコノミストが意思決定のために用いることにより慣れている経済評価の計測単位(metrics)に,いかに最適に外挿化するかである。それは費用効用分析(cost-utility analysis: CUA),たとえば,1生存年あたりの費用,質で調整した生存年(quality-adjusted life year: QALY)あたりの費用,障害者で調整した生存年(disability-adjusted life year: DALY)あたりの費用,である。これらのアウトカム(臨床試験にもとづくアウトカム)を使用する際の,薬学経済分析の問題点については,Hillら6)によって詳細に述べられている。

 1995年には,さらに難問が起きた。医薬品業界から提出された経済評価の審査は,当時,保健省の小さいグループ(4人)によってなされていた。申請書の複雑さのため,各会議の仕事量は増していた。その年の半ばに,委員会の人手不足のために,提出されたすべての申請書を審査することができなかったことが,ある会議で明らかになった時点で,事態は深刻化した。この問題は学術機関に基盤をおく最初の外部評価グループであるニューキャッスル評価グループ(Newcastle Evaluation Group: NEG)を設立させることになった。ほとんどのNEGのメンバーは大学職員であるが,外部での評価の契約は,保健省と学術機関との最初の正式なつながりとなり,ある意味では,オーストラリアの学術領域における,薬剤経済学という領域の始まりとなった。University of Newcastleにおいて,臨床薬理学,薬学,疫学,生物統計学など,多くの学問領域にわたる専門家のグループによって構成され,徐々に組織が確立されていった。
挑戦とレビュー:1996年から現在まで (Challenge and Review:1996−Present)
 1995年のガイドラインの発行と実施は多くの面で,それまでに設立されたシステムの,評価とレビューの期間のスタート地点であるとされ,また医薬品業界による,法律的な挑戦の始まりとされた。最初の外的環境の変化は1996年の,13年間続いた労働党(Labor party)から,より保守的な自由・国民党(Liberal/National party)への政権交代だった。主な変化は,政府の医薬品業界への対応だった。自由・国民党は労働党より,民間の企業に対して,常により協力的であった。

 1996年から現在まで,PBSによるリスト作成のプロセスに関して数多くのレビューと評価がなされた。この詳細は後述する。

 この期間の他の変化としては,学術機関との関連の強化であり,それは技術的,またプロセスも含めたシステムの多くの面についての学問的レビューと評価を結果として生み出した。この一部として,ガイドライン(1995年版)が,特に経済モデリングに使用される方法についてレビューされた。ガイドラインの改定が始まり,小さい変更点は,医薬品業界に常に伝えられているが,いくつかの主要な問題については,まだ議論されていない。
■□■  実施されたポリシーの評価  
  (Evaluating the Policy as Implemented)  ■□■
 オーストラリアで,医薬品について意思決定する際の鍵である,経済評価のポリシーは,たびたび考察はされてはいるものの,学術的な評価はまだなされていない。その代わりにプログラムとポリシーは,保健省の内部のグループ(たとえば内部の監査役ら),またオーストラリア企業協力委員会(Australian Industry Assistance Commission)などの外部のグループ,また提訴(Legal challenge)による,多くのレビューや評価の対象となっている。そのうち主たるレビューは下記と考えられる。
企業委員会報告,1996 (Industry Commission Report,1996)
 このレビューは,1995年に医薬品業界の経済活動向上の目的も含めた委託事項とともに,オーストラリア企業協力委員会によって委託実施された。委員会は,PBSがどのようにオーストラリアの産業の活性化と繁栄に影響しているか,また,医薬品業界支援プランの効果について考慮するよう要請された。当初,このレビューはPBSの詳細な評価を意図したものではなかったが,リスト掲載のプロセスについての考察は,医薬品業界についての,委員会のレビューの重要な部分となった。

 レビューの報告書は,1996年5月に出版された3)。それはPBSによる評価と選択プロセスについて非常に批判的なものだった。そして大きな改革を勧告した。その知見は以下のとおりである。
PBSはオーストラリアの産業発展にとり,最も大きな障害である。
PBSは低価格,使用者の制限,リスト収載の遅れを生み出したため,オーストラリアにおける企業投資の決定に重大な影響を与えた。
リスト作成プロセスは早急に変更されるべきである。
コミュニティの福祉はPBSのプランによって促進されていたが,PBSは,それに対する増加するプレッシャーに脅かされている。
コミュニティにおける,いくつかの種類の薬へのアクセスは,将来,困難になる可能性がある。
したがって,PBSを補強する社会的また経済的ポリシーを見直す必要がある。
レビューによるPBSに関連した主な勧告は以下のものだった。
企業が,実際の使用に基づきコストのデータを収集することができるよう,費用対効果分析を2年(薬がリストに掲載後)遅らせる機会を与えられるべきである。
PBSのリスト作成のプロセスは見直されるべきである。
 レビューのその他の勧告は,規制当局,業界支援プログラム,または医薬品の分類(classification or scheduling)に関する内容であった。

 政府は,PBSに関するこの委員会の勧告を受け入れなかった。これはある面,1995年のレビューの委託と,1996年の報告書出版の間に起きた,政権交代によるものであろう。しかし,新政府は当時も現在も,産業界について同情的であり,これがレポートのなかでの主な強調点であった。

 提案が退けられた理由について考えてみたい。特定された主な問題点は,経済評価実施の前に,その資格なしで薬がリストに2年間掲載されることの実施可能性であった。このアプローチを実施するには,ポリシーの大きな変更を余儀なくされることになったであろう。それは,「閉ざされた門」(holding the gate shut)の状態[訳注:「ポジティブリスト」のこと]から,英国の国民保健サービス(National Health Service)で用いられている,「ネガティブリスト」作成への変更である。いったん使われはじめた後,経済的分析の結果にもとづき臨床の場から薬の使用を除外(withdraw)することは,不可能ではないかもしれないが極めて困難である。実際,PBACが以前にそれを実施したところ,人々から反発され,また患者にとっても真に苦痛となるケースがあった。
国立オーストラリア監査局のレビュー,1997年
(Australian National Audit Office Review,1997)
 国立オーストラリア監査局(Australian National Audit Office: ANAO)は,保健省のもつ医薬品の承認と,医薬品リストの作成のプログラムについて,2つのパートからなるレビューを1995年に開始した。1996年の企業委員会のレポート発行に続いて,ANAOは当初に予定されたレビューの中で,リスト作成のプロセスのレビューに協力するよう要請された。1996年から1997年にかけてレビューはなされ,1997年11月に出版された7)

 PBS監査の目的は,PBSのいくつかのプログラムの目的とアウトカムを達成するために,保健省がどのように実施しているかを評価するものであった。これは,リスト作成のためのプロセスの効率性,管理上の効果,運営の説明責任(accountability)を含んでいる。

 このレビューは広範囲にわたり,PBS内のリスト収載のための主要な申請のデータベース,ガイドライン評価と経済分析のための技術的コンサルティング,PBACとその分科委員会の運営を含む医薬品選択のプロセスの分析を含んでいる。レビューの主な知見は,システムの効率性,管理上の効果,説明責任について論じられた。これらの内容は下記のようにまとめられる。
i)効率性(Efficiency)
25億ドル分の医薬品支出の管理をするために,1996-1997年にPBSが運営のために要した費用は1,010万ドルである。
リスト作成に要した時間は効率性の主たる指標である。増加する申請とスタッフの減少にもかかわらず,所要時間は1991年から減少している。
経済分析の必要性の導入後,主たる申請のうちでリストへの収載が認証された割合は減少した。
ii)管理面の効果(Administrative Effectiveness)
製薬会社に,臨床試験と経済分析のデータを要請する,申請書類の評価のエビデンスにもとづくアプローチという革新的方法を用いることにより,リスト作成時の管理の効果は大いに向上した。
医薬品業界のためのガイドラインは健全な基盤をもつ。それは健全な意志決定を促進するための,十分なエビデンスを業界が提供するための適切な基礎を提供している。
諮問委員会を含み,保健省におけるプロセスは,効果的に運営されている。
薬の選択のプロセスは厳格であり,そこでは高レベルの臨床経験と判断基準が用いられている。
iii)説明責任(Accountability)
   保健省はその運営について議会に報告する際,政府のガイドラインにしたがっているが,ANAOは,報告のプロセスは,薬の選択の理由が理解しやすくなるように改善されることを提案し,それにより利害関係者にとってPBSのリスト作成と薬の選択プロセスについて,より納得できる予測をすることができると考えている。
 報告書は,申請された情報の質に相当のバラツキがあるとし,医薬品業界がガイドラインにしたがって改善すべき余地が多いとしている。監査の期間中インタビューされた業界の代表者らの多くは,すべての決定とデータは「実は商業的」(commercial in confidence)情報と考えているので,ガイドラインの複雑さとプロセスの透明性も含め,リスト作成のプロセスについて留保を示したものの,エビデンスにもとづいたアプローチと経済分析は受け入れた。

 ANAOの報告書は,リスト作成のプロセス改善のための15項目の勧告を示した。これらは,ガイドラインで使用されている技術的アプローチ,また透明性を向上させるための方法の改定を含んでいる。また,他の学術グループとの関連構築を含めて,保健省によってなされる評価プロセスのための資源を増やすように勧めている。これらの勧告は,過去3年間をかけて保健省により徐々に実施されている。
タンブリング・レビュー,1999-2000 (Tambling Review,1999-2000)
 タンブリング・レビューは,PBSのプロセスに対して持続的な関心をもつ業界に,ある面対応して1999年末に実施された。保健大臣管轄下でPBSに責任をもつグラント・タンブリング(Grant Tambling)上院議員が議長であった。このレビューグループは,医薬品業界,消費者,一般医(general practitioner: GP),薬剤師,PBACの代表,政府代表により構成された。レビューは企業委員会やANAOによるレビューに比べてかなり簡潔なもので,またかなり非公式に行われた。ほとんどの勧告は,ANAOによるレビューを拡張したものと,プロセスの透明性を高めることを目的としたものであった。レビューは,批判的なものになると当初いくらか懸念されたが,そうではなかった。しかし,委員会の規約変更に関する勧告は,レビュー終了18ヵ月後に実施されることになった(エピローグ参照)。
■□■  評価についてのコミュニケーションと資金援助  
   (Communication and Funding of the Evaluations)  ■□■
 現在までのすべての評価は,政府または政府に関連したグループによって実施されたため,その内容は議会やメディアを通して公衆や医薬品業界へ伝えられた。これらは専門的であるため,これらの評価がどの程度の情報を一般公衆に提供できたかは議論のあるところである。一方,医薬品業界は,レビューと報告書を詳しく吟味し,海外の企業情報ソースで広く伝えられた。

 これまでのPBSの,医薬品選択プロセスの評価は,保健省のさまざまな部門が他の政府機関の資金によってなされた。最近では,医薬品業界と薬局組合(Pharmacy Guild)は,独立コンサルティンググループのM-TAG Pty Ltdによるレビューに資金援助した。
■□■  進行中の評価の計画 (Plans for Ongoing Evaluation)  ■□■
 現在の政府は,PBAとその機能について継続して詳細な吟味をすることを明らかにしている。その理由は2つあり,一つはこのプログラムの費用が増加していることと,もう一つは医薬品業界からの持続的な圧力があるためである。後者は,現行システムへの法的な挑戦,現在行われている訴訟に表れている(下記参照)。

 また,PBSの学問的評価も増加している。学術機関との評価についての契約には,リスト作成プロセスの分析と公衆や業界に対する影響の分析を含んでいる。これまでの分析は,申請に関するデータベースのレトロスペクティブなレビューにもとづき,PBSの健康アウトカムへの影響よりは申請の技術的な面についてフォーカスを当ててきた。また,PBSの支出に関しての消費者の見方や,コミュニティにおいて,恵まれない(disadvantaged)人々にとっての医薬品の自己負担分の見直しに関する調査など,他のプロジェクトに対する保健省の資金援助もある。疑問が生じた際には,保健省と学術機関の協議によって決められるので,プログラムに対する将来の学術的評価の詳細なプランはない。このアプローチは必ずしも理想的ではないが,現時点では可能で実用的な選択である。

 特に,企業に経済的な面でのアドバイスを提供する,医薬品業界に関連した組織も,学術的な見地からプログラムの評価を始めようとしている。これは海外からの,このプログラムに対する関心が高まっていることや,他の国々での類似した意思決定システムの実施に対応するものである。
■□■  エビデンスの使用に対する推進要因と障害要因  
   (Facilitators and Barriers to the Use of Evidence)  ■□■
 このプロセスにおけるエビデンスの使用はさまざまな要因によって推進されてきた。第1に,エビデンスにもとづく薬の選択のプロセスの何年も前に,医薬品の臨床試験に関する行政的要請があったことである。これは質のよいエビデンスが入手可能ということを意味する。このことはPBACによる質問に必ずしも対処できてきたわけではなかったが,医薬品開発のすべての分野において,少なくとも「臨床試験の文化」(culture of clinical trials)があったのである。これは,最近になってランダム化臨床試験が標準となった,外科的介入(surgical intervention)のような医療技術の形式とは対照的である。医薬品について,PBACがそうであるように,医療技術について同様のアドバイスを与える,省による諮問委員会である,メディケア・サービス諮問委員会(Medicare Services Advisory Committee: MSAC)が,1998年にオーストラリアに設立された。MSACは,関連する臨床試験が少ないため,臨床的エビデンスにもとづいての決定は大きな困難であった。

 医薬品選択におけるエビデンス使用を推進した第2の要因は,プロセスを支持する頑健な法令が存在した点である。この法令は最近,連邦裁判所において裁判が進行中である。その内容は,大臣への勧告を作成する際に,PBACが医薬品の総価格について考察する権利があるかどうかの論争であり,薬の使用が規定された集団以外に「漏れ」(leakage)て使われることへの考慮である。裁判では,Mathews裁判官が法令の作成と議会への紹介についてレビューした。彼女は,法令はPBACが,「薬の総価格と(漏れも含め),総合的な効果について考慮するために制定された」という見解を述べた。現在,裁判は連邦裁判所へ上告されつつある。

 第3の要因は,保健省内外で,技術的能力が育成されたことである。PBSが薬を選択するための経済分析の使用に関する最初の報告書で,Evansと彼の同僚ら(1990年)は,オーストラリアはヘルスエコノミックスの専門知識に欠けていると記した8)。薬品選択のプロセス発展に関する専門知識に関して,3つの意見が出された。(1)すべてのプロセスは,適当な技術をもつ保健省内部の職員により処理される,(2)保健省の内部の職員と外部のグループの両方により処理される,(3)すべて外部のグループにより処理される。この中で,報告書は(3)を勧めた。しかし,実際には,(1)と(2)の方法が採用されており,当初,すべての技術的な作業は,内部で行われていたが,1995年以降,60%は学術機関を基礎としたグループによって行われるようになった。内部の専門知識は保持され,学術グループによってなされたことを評価し監督する,医薬品評価課(Pharmaceutical Evaluation Section)の職員には,1人のヘルスエコノミストと3人の薬剤師が含まれる。この3人の薬剤師は,ヘルスエコノミックス,生物統計学,疫学に関するさらなる資格と教育を受けている。

 保健省の内部に技術専門知識をもつ重要性は,強調しても強調しすぎることはない。保健省は,最終的には実施し,また決定を改良しなければならないのである。これは,職員がその背後に存在する技術的な論理(reasoning)を知っていないかぎり達成できない。さらに保健省は,医薬品業界に申請のための方法を教えなければならないが,これにも明らかに専門知識が必要である。特定の専門知識を必要とするにもかかわらず,それをもった職員が不足している他の部門では,効果が低い傾向がみられた。

 ポリシーを成功に導くために貢献した第4の要因は,薬の推奨をする際に,エビデンスの明示的な使用を促したことである。最近,推奨内容のいくつかの出版を許可するようになったシステムの変更で,決定の基礎となった臨床的エビデンスが明らかにされることによって,このプロセスがさらに強化された。

 一方,これまでの主な障害要因には,以下のようなものがある。
医薬品業界と政府双方において,オーストラリアにおけるヘルスエコノミックスに関する専門知識の不足(この状況は改善されつつある)。
ポリシーに対する医薬品業界の反対意見。ANAOの報告書にあるように,業界の中で彼らの意見が全部同じというわけではない。いくつかの企業は,オーストラリアの薬品選択のシステムは,有用な薬について,すなわちお金に相当する価値(value for money)をもつ薬について高価格を得る機会だとみている。ANAOの報告書は,企業の見方は,PBSのリスト収載に成功する水準と密接に関連すると指摘している。
薬の選択とプロセスに関する広範な国民の理解の不足。これは医薬品業界が,データを秘密にしたままにすべきとしたことと,国民保健法(National Health Act)の秘密事項によって,これまでの意思決定が秘密裏に進められてきたことによって悪化していたが,後者についてはつい最近見直しが始まったところである。この秘密性は,システム全般についての医師らによる理解をひどく損ねることになり,彼らが医薬品業界を代表して,費用対効果の悪い薬をPBSのリストに収載するようにとロビィーングすることが時々起きたのである。
■□■  現状(Current Status)  ■□■
 PBSの医薬品選択のプロセスは,オーストラリアで持続的に用いられており,他の多くの国々でモデルとして検討されるようになってきた。政府と保健省の購入者と,また薬の選択に関する意思決定者という役割と,企業の販売者という役割の間には緊張状態があるが,これは予想されることでありおそらく健全なことである。プロセスの技術面において,継続的に見直しが行われており,ガイドラインの改訂版は1年以内に発行される見通しである。評価能力は向上しており,1999-2000年の連邦予算は,さらに2つの外部の学術的機関の評価グループに要する経費を計上している。委員会の会員資格についても改善されつつあり,たとえばESC内だけではなく,ヘルスエコノミストをPBACに就任させることが勧告されている。

 多くの企業がシステムを脅威とみなしているので,医薬品業界からシステムへの異議が何らかの形で出されることが続くことはあるであろう。特に,医薬品の支払い方法についての米国の関心が高まるにつれ,いくつかの企業は,米国のヘルスケアシステムが,オーストラリアの医薬品選択プロセスを採用する可能性について懸念している。
■□■  回顧と一般化 (Reflection and Generalization)  ■□■
 多くの点において,エビデンスにもとづく薬品の選択プロセスは,Evansら8)の報告にあるように大きく進展した。これは,最初の報告書とガイドライン作成に携わった担当者が,持続してそのプロセスに関与したためである。このプロセスは,ある程度医薬品規制システムのモデルともなった。それはおそらくこれからも生き延び,発展するであろう。経済学モデルが意思決定に寄与することは増加しつつあるが,おそらく,最初のプランからの唯一の変更点は,経済的な考慮ではなく,相対的な臨床効果が意思決定に影響する程度である。PBACは意思決定に影響を与える臨床的ニーズや,「救助のルール」(rules of rescue)など,他の要因を明確に同定することを開始した。

 上記で述べた理由以外にも,医学的,また経済的エビデンスを評価する方法を発展させることも,持続的な政治的サポートとともに,医薬品選択プロセスの成功への要因であると考えるべきである。
■□■  エピローグ(Epilogue)  ■□■
 2000年12月に,政府はPBACの会員資格の変更に関し,タンブリング・レビューの勧告を実施することに決め,「任命は,現在よりもより広い組織の範囲から決められるべきであり,国民保健法は,それに応じて修正されるべきである」と述べた。反対派による改正案に引き続いて,必要な法改正案は,その年最後の議会で議論され可決された。主な変更は,PBACのメンバー12人のうち8人は,各組織からの推薦によって任命されなければならないことを明確にした点である。

 この改正により,2000年12月の時点のPBACと分科委員会が月末で活動を停止した。この変更で,新しい法令の実施とともに,新しい委員会が任命されることになった。任命のプロセスは大きな論争を呼んだ。何人かの前委員会のメンバーは,新しい委員会に任命される資格をもち,このスタディが書かれた現時点で,前メンバー12人のうちの,2人を含んで新しいPBACが任命された。

 PBSのリストへの申請は,2001年3月の委員会で評価されることになっている。PBACとその決定は,今後数ヵ月にわたって詳細に吟味されるであろう。
インフォーミング・ジャッジメント
インフォーミング・ジャッジメント