■治療学・座談会■
増加する内科系救急患者への対応
出席者(発言順)
堤 晴彦
(埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター)
明石勝也 氏(聖マリアンナ医科大学救急医学)
浅井康文 氏(札幌医科大学医学部救急集中治療医学,高度救命救急センター)
奥寺 敬 氏(富山大学医学部救急・災害医学)

求められる内科医との連携

■救急車搬送の 6 割

堤 外傷患者ではなく内因性疾患の患者が急増している現状では,内科医の役割は非常に大きく,今後も拡大していくと考えられます。 内科医に対してどのように期待されていますか。

明石 以前の救急では,担当した救急医がそのまま手術をするという例が多かったと思います。 現在,手術は外科や脳外科が行い,救急外来の医師がそのまま手術室に入ることはほとんどありません。 つまり,手術というスキルが救急医の必須でなくなってきたのです。内科医が救急医に成長することは決して不可能な状況ではなくなりました。

奥寺 2007 年の総務省消防庁の統計で,救急車搬送の 59%が内因性疾患という全国平均が出されました。 外傷と逆転したのは約 10 年前です。ER の主対象は,内科系の疾患だと言えるのではないでしょうか。

浅井 われわれの施設ではエコー検査,内視鏡検査,TAE(動脈塞栓術)などの普及で,一般外科の手術数が激減しています。 こういう点を含めて考えても,内因性疾患が伸びる可能性は十分にあります。特に私たちの施設で積極的なのは循環器系です。専門の先生もいらっしゃるので, PCPS や脳低温療法などに関心があり,PCI を含む急性心筋梗塞に対する包括的な治療を行い,それで博士号も取っています。 救急の現場で診ていなかったら,PCPS や脳低温療法という発想は起こらなかったかもしれません。

■不可欠なコンサルテーション技能

堤 内科専門医が総合内科専門医と改称され,専門領域に限らず全体を診ようという動きが出てきているようですね。

明石 それが社会的責務だという意識はあるようですが,総論賛成,各論反対ではなかなか円滑には進まないようです。

堤 各内科の専門医の方たちとの連携について,いかがでしょうか。

明石 まず,内科医と連携するうえで救急医にはコンサルテーション技能が重要です。 これには,大きな努力の必要があります。たとえば胸痛の急患が来たときに,心電図などの必須な検査を迅速に行い,不安定狭心症あるいは心筋梗塞を鑑別し, 「カテーテルをお願いします」と循環器科へ依頼するくらいの診断能力が必要なのです。そうしないと,オンコールされる専門医も疲弊してしまうでしょう。

奥寺 救急はすべての疾患の入り口で,内科の原点でもあります。救急しか知らない医師と, 内科しか知らない医師との連携を越えて,さらに包括的に取り組んでいくべきですね。

堤 ハーバード大学 ER のレジデントの話ですが, 米国では各専門医が「ここまでやってくれてどうもありがとう。あとはわれわれがやりますから」と,気持ち良く引き継がせてくれるということです。 救急医側は当然ですが,専門医側も,互いを尊重し合い育て合う姿勢をつくらないといけません。

浅井 われわれの施設では,特に食道静脈瘤や消化管出血に対して内科の先生の力を借りています。

明石 私たちも基礎的技能をさらに充実させなくてはいけませんね。特に内科領域は多数あると思います。 たとえば市中肺炎の患者が来て,X 線撮像などで肺炎とわかった段階で呼吸器内科医を呼ぶのではなく,通常の肺炎なら救急医が処置し, 「これは非常に珍しい肺炎だ」という患者で初めて専門医を呼ぶ。すると,「よく専門医を呼んでくれた」とほめられる。そういう関係が成立するよう,私たちも努力していかないといけません。

■後期臨床研修の再考

堤 後期臨床研修で,救急との関わりはどのように変わっていくのでしょうか。

奥寺 後期臨床研修のシステムの構築は,文部科学省主導で今まさに着手されたところです。 大学を中心として,5 年間の後期研修で専門医資格を取得するためのキャリアパスをつくろうという動きです。 救急医療の視点からみると,後期研修を組み立てるときに,コンサルテーション技能の提供側になってもらう, あるいは連携する専門家になるなど,位置付けをすべきだと思います。われわれの側でも,当然オープンディスカッションをしながら, 内科医のためにより良い救急の後期研修を作成していかないといけないのです。

堤 ですが,後期研修に文部科学省の管轄が及ぶのは大学病院までで,市中病院における後期研修に関しては別ですよね。

奥寺 ただ大学が始めると,これまで初期研修で市中病院に研修医が流れたように, 今度は後期研修を選択材料として研修先を決める場合が増えるのではないでしょうか。

堤 札幌医科大学も採用されていますね。

浅井 はい。北海道大学と旭川医科大学,東京慈恵会医科大学が協力先に入っています。 しかし,実際には自分の所の後期研修医の確保で,手いっぱいの状態です。

明石 内科の後期臨床研修で救急にフォーカスが当たっても,やはり急性期しか診ていないので, 内科の総合力をつけるにあたって必要なものを十分には教えられません。そこも補完できる仕組みでないといけないと思います。

■救急の研修で得られる内科系メリット

堤 それでは,後期研修で救急に来た医師たちにどのような技能を提供できるでしょうか。

奥寺 初期研修をいかに充実させるかというところに時間を費やしてしまいがちですが,われわれが重視すべきなのは, 初期研修のために救急医学があるのではなく,後期研修の際にも対応できるように,レベルを上げる努力を意図的にやるということだと思います。

明石 たとえば,急性心不全でゼイゼイ言っている人を 「ウチの循環器内科の教授よりも私は 100 倍症例を診ているよ」と言えるくらいの経験が必要なのかもしれません。 先ほどの肺炎の話でも,「ウチの呼吸器内科で私ほど市中肺炎を診た人などほとんどいないぞ」と言える。 実際,大学病院の呼吸器内科では,市中肺炎患者は非常に少ないと思います。 救急ではこういう症例を多数診られるという実践的な蓄積は,大学病院離れの進んでいる現在,若い医師たちには魅力的ではないかと思います。

浅井 それから,へき地・離島の救急も大事です。私は,自治医科大学の鈴川正之教授と一緒にへき地・離島救急医療研究会を行っており, そこでへき地・離島医療におけるガイドラインを作っております。特に内科系の先生がへき地などへ行かれた場合, 重症患者の陸路搬送やヘリコプター搬送を含めて救急医療は必ず通る道だと思います。

奥寺 あるへき地の院長先生が「内科系の疾患を診る救急の当直医を出してくれ」と要望されています。 「手術は外科のほうでやるから」と。内科系の急患をより診てほしいという要請が圧倒的なのです。 社会的にも,内科救急医は非常に求められています。むしろ救急側が少し外科寄りで,内科に対応できていないのかもしれません。 内科救急はエアポケットで,今後の伸びしろは多くあると思います。

■内科医参画のためのシステムづくり

堤 内科の先生方が救急部門に参画するためには,システムが必要になってきますね。

明石 昔,溶接工場が多い地方都市の急病センターでは,夜間に眼科の患者が多く来ることから,処置方法が書式化されていました。 「眼科医が診ても今晩中には治らないから,キシロカイン点眼液で処置し,眼帯をして,翌朝眼科に来るように言ってください」と。 翌朝,外来時間に診察に来てもらっても,その患者になんら不利益はないというわけで,それは正しいあり方です。 なおかつ眼科医も夜中にオンコールされません。もしわれわれの病院でそういう患者が来たら,おそらく眼科医を呼んでしまうでしょう。 私たちが日常行っていることを改めて洗い出してみると,改善・整備していくべきことがみつかると思います。

堤 救急部門が充実することにより,各専門科の負担もずいぶん軽減されるはずですね。

明石 そのとおりです。しかし,うまくいっていないところはまさにその逆なのです。

浅井 うまくいけば,経済的効果も高くなるのではないでしょうか。

■真に横断的な医療の提供をめざして

堤 最後に一言ずつお願いします。

明石 総合的で横断的な医療を提供するべき救急医には,進歩していかなければならないことがまだ多く残されています。 おそらく歴史的経緯からいっても,われわれに欠けている部分の多くを内科の先生方がもっておられます。 ですから,内科の先生方にも救急の世界へ入って来てもらい,われわれを啓発してほしいと思います。 また,こちらから提供できるものも多くあると思います。ぜひ,さらに内科の先生方に参加してほしいですし,そして救急をよく理解してほしい,と私は願っています。

浅井 私の好きな言葉は「連携」ですが,いつでも当救命救急センターの門戸は開かれています。 だれが来ても一緒にディスカッションし,互いにレベルアップしていきたいと思っています。 それには日ごろから,顔の見える関係をつくるように心がけています。 外科系疾患の手術数が非常に減っており,今後はわれわれ救急医も内科系疾患を意識してやっていくべきだと思っています。

奥寺 救急疾患では内科系疾患の比率がどんどん増えており, 特に地方では,その地域に適した救急医療システムを内科系の先生方と一緒に構築する必要があると思います。 われわれの考え方を押しつけるのではなく,その地域に合ったものを一緒につくっていく。 内科の先生方が最も患者を多く診ていますし,ニーズはすでにみえているはずです。そこと共同作業をやらないと,真の意味での横断化になりませんし, また,救急医療崩壊からの“再生”につながらないと思います。「ぜひ,一緒にやりましょう」というのが,私から内科の先生方へのメッセージです。

堤 本日はありがとうございました。

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