■治療学・座談会■
高齢社会における肺炎をどう診るか
出席者(発言順)
渡辺 彰
(東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門)
綿貫祐司 氏(横浜市立大学大学院病態免疫制御内科学)
中森祥隆 氏(国家公務員共済組合連合会三宿病院呼吸器科)
寺本信嗣 氏(国立病院機構東京病院呼吸器内科)

積極的な予防

■ワクチン接種

渡辺 予防が最重要課題になると思いますが,肺炎球菌ワクチンも含めてご紹介ください。

綿貫 高齢者肺炎の誘因はインフルエンザなどのウイルス感染です。その後に続発する細菌性肺炎が最も多いと思われるので,インフルエンザワクチンは必須だと思います。 インフルエンザワクチンは毎年接種しなければなりませんが,若年者では 8 割以上の有効率があります。 ただ,高齢者では 60%程度に有効率は落ちますが,接種していれば肺炎による入院や死亡は減ります。 このワクチンは,高齢者の周囲にいる介護者や家族にこそ絶対に必要だと思います。

 肺炎球菌は高齢者肺炎のいちばんの原因菌で,肺炎球菌ワクチンも重要となります。 1 回の接種で,一般的には抗体価上昇が 5〜8 年間続き,その間は有効とされています。 最近,慢性肺疾患をもつ高齢者では抗体価が 3〜5 年で下がってしまうというデータも出ていますが,このワクチンは高齢者の肺炎の死亡率, 入院リスクを単独でも 20〜40%減らします。さらにインフルエンザワクチンと併用すると,60〜80%減少させるというデータも出ています。

 日本で肺炎球菌ワクチンは 1 回しか打てないのが問題になっていますが,健康高齢者では 70 歳までに,基礎疾患をもつ場合には 65 歳までに,ワクチン接種をするべきだと考えています。 そして,接種率についても,米国は 70%なのに,日本は 3%と非常に低いことも解決すべき課題です。

渡辺 世界では認められている肺炎球菌ワクチンの再接種を,日本でも認めさせようという動きになっています。 私は,遠からず実現すると思っています。

■薬物療法

渡辺 薬物による予防も最近いろいろと言われていますので,ご紹介ください。

寺本 これらは日本発のエビデンスですが,1 つは降圧薬の副作用をポジティブに使おうということで, アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE 阻害薬)があげられます。 ACE 阻害薬の服用により,ブラジキニンが出て,NO(一酸化窒素)を産生したり,タキカイニン,ニューロキニンを上昇させたりします。 カプサイシン,サブスタンス P が増えることにより嚥下反射が良くなることが,ある程度確立されたエビデンスになっています。

 ただ,それでも全員が正常嚥下に戻るということではありません。 寝たきりで具合の悪い人ではなくて,もう少し状態が良くて,病院と老人保健施設を行き来し, 脳梗塞の後遺症をもっているけれど食事も自力で少しはできるという人のほうが有効ではないかと思っています。

 アマンタジンなど,特にドーパミン製剤にもそういうことが少し期待されています。 また私たちのデータも含めて,ホスホジエステラーゼ III 阻害薬のなかで,シロスタゾール(プレタール®)という抗血小板薬にも,そのような効果が認められています。

 しかし,それでもこれらの薬剤は,嚥下反射を改善しますが,薬剤を服用したら食欲が増し食べ方もうまくなるということではありません。 そのあたりは先生方のほうでも勘案して使っていただきたいです。

渡辺 日本発のエビデンスは非常に貴重なことです。

寺本 PROGRESS 試験(Perindopril Protection Against Recurrent Stroke Study)をみると,どうも人種差があるようです。 海外でも大きなトライアルを行いましたが,白人の研究グループから出たデータはすべてネガティブでした。 ただ,PROGRESS 試験には中国の人が含まれていて,ACE 阻害薬に対する反応は,アジア人に特異的とは言えそうです。

■口腔ケアおよび嚥下機能の回復

渡辺 予防策として,口腔ケア,あるいは食事の補助についてはいかがでしょうか。

中森 口腔ケアは入院中には可能ですが,自宅ではなかなかできにくいということが若干の問題です。 食事をするたびに口腔内のケアを行ったり, 歯や入れ歯の具合を調整したりしないと,そこに菌が付いてしまいます。

 食事では,嚥下訓練食から開始しますが,姿勢は起こした状態で食べていただき,最低 1 時間は横にならないなどは, GERD や誤嚥を防ぐという意味で必要だと思います。 スプーンにより自分で食べてもらうにしても,認知症の人も多いので,飲み込むまでに時間がかかります。 入院中は看護師や介護者が食事の介助を行っていることが多く時間的に余裕がありますが,自宅やナーシングホームに戻ったときに, 食事のスピードが早くなっている気がします。口腔内の衛生や栄養状態が悪くなり,また肺炎を起こして,入院してくるといった状況になってしまいます。

 「こんなに熱が出るなら,本当は退院できなかったのではないか」と,病院側が逆に責められることもあります。 実際には食物を口に運ぶ速度の問題で,入院中にも指導しているのですが,再度家族にゆっくりと入れてもらうように指導したら, その後は繰り返さなくなったということがあります。時間がかかるのでたいへんですが,食事の補助は非常に重要です。

渡辺 そこは人手が必要なのですね。

 胃瘻を含めた経管栄養については,どのように考えたらよろしいでしょうか。

寺本 胃瘻を入れてくださるのは消化器科の先生方です。 胃瘻により,誤嚥が防げて腸を使うので栄養状態が改善することは事実です。 けれども,それはあくまでも食事の誤嚥を減らしているだけで,細菌感染による肺炎を減らすのに有力な手だてではないことが理解されていません。 栄養状態が悪ければ,胃瘻を入れることが出発点になっていて,呼吸器科や歯科には相談はありません。

 重要なのは,胃瘻を入れても,嚥下訓練を行う,肺炎予防をするということです。

 実際に困るのは,胃瘻があるために転院ができないという状況です。少しでも食べられるのであれば, ご本人の希望も考慮し,胃瘻にする前に,肺炎予防を含めて,その適応を検討していただくことが必要かと思います。

渡辺 胃瘻の問題点は,呼吸器科の医師が機会があるごとに指摘していくべきですね。

 本日は,高齢者肺炎,特に誤嚥性肺炎を中心にお話しいただきました。 本日の座談会が,臨床現場の方々の大きな参考になれば幸いだと思います。どうもありがとうございました。

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