■治療学・座談会■
病態変遷に即した脳卒中の治療・予防
出席者(発言順)
内山真一郎 氏(東京女子医科大学医学部神経内科学)
木村和美 氏(川崎医科大学脳卒中医学教室)
小林祥泰 氏(島根大学医学部附属病院)
岡田 靖 氏(国立病院機構九州医療センター脳血管神経内科)

脳卒中の一次・二次予防

■心房細動患者に対する抗凝固療法

内山 心房細動患者の増加により,重篤な脳塞栓症例が増え,心房細動合併例は全例,ワルファリンを投与すべきであるという意見があります。 しかし,ワルファリンに対して「怖い,慣れていない,出血が懸念される」などの印象をもつ先生方もおられ, 専門医でさえワルファリンを処方すべき患者にアスピリンを使用している例さえありますが……。

岡田 私の考えでは,脳梗塞,一過性脳虚血発作(TIA)の既往のある患者はそれだけで抗凝固療法の適応になると思います。 それ以外は,心房細動患者で塞栓症のリスク評価に使用されている CHADS2スコア[congestive heart failure, hypertension, age 75 years or older, diabetes mellitus(1 points), stroke(2 points)]で判断し,年齢や高血圧,心不全,糖尿病の既往を加味したリスクの層別化を参考にしています。リスクが 2 つ以上あれば,基本的には禁忌以外,抗凝固療法を行っていて,よほどのことがないかぎり休薬してはいけないと説明をしています。

内山 ガイドラインでは,CHADS2スコアが 1 点で,高血圧か高齢, あるいは心不全のうち 1 つだけならば,ワルファリンあるいはアスピリンでもよいとされていますが,実際にはどうなのでしょうか。

木村 基本的にはアスピリンでは効果がなく,ワルファリンを使うべきかと思います。

小林 たとえば,左房径が肥大して 40 mm を超えるような患者の場合,非常に塞栓のリスクが高まります。 これからは,その段階で治療する,あるいは予防することが大事です。たとえば,Paf の場合には,酢酸フレカイニドなどを先に処方しておき,Paf を再発させないことも重要かと思います。

内山 まずはリズムコントロールから,ということでしょうか。

岡田 それでも,たとえば半年に 2 回以上など,Paf を繰り返しているような人には,ワルファリン投与が必要になってきます。

小林 当然,併用しなくてはいけませんが,たとえば軽い TIA で,Paf によって起こったような人には, リズムコントロールがうまくいくことがあります。日本ではレートコントロールよりリズムコントロールがよいというデータも出ているようです。

■危険因子の同時管理

内山 それぞれの危険因子の管理について,どの程度の効果があるのか。糖尿病に関しては,複雑な臨床試験の結果も最近出されましたね。

岡田 糖尿病はリスクとして非常に大きく,かつ多面的です。UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)では血糖のみでなく, 血圧の厳格な管理が強調されました。2 型糖尿病に対するピオグリタゾンの心血管イベント予防効果をみた Actos®研究のサブ解析において脳卒中再発率は有意に下がったという結果でした。 ただし,インスリン抵抗性改善薬だけではなく食事療法や複数薬の併用などで,きちんと管理していくことが重要になります。急性期でも,心房細動から血栓が発生する, 穿通枝では未治療の糖尿病患者は進行が早い,など明らかになっているので,より注意が必要です。

内山 糖尿病は,急性期の t−PA 治療の出血リスクとしても注目されていますし,一般的な抗血栓療法の脳出血リスクとしてもあげられています。 急性期に高血糖であると予後を悪くするということも指摘されています。UKPDS のその後の解析で,HbA1cを 1%下げると,脳卒中リスクは 12%下がるというデータも出ています。一方,最近発表された ACCORD(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)では,積極的な血糖低下療法は,従来の血糖低下療法よりむしろ死亡例が増加するなど, 予後が悪くなるというエビデンスが示されました。特に北米のガイドラインでは非常に積極的な治療を推奨しています。 日本は治療目標値が比較的マイルドですが,具体的にはどこまでコントロールすべきでしょうか。

小林 血糖値が常に 200 mg/dL 以上あっても,とても元気で,合併症を起こさずに長生きされる人もおられます。 治療がそれほどうまくいかなくても,元気な患者さんはかなりおられます。インスリンで厳密に管理しすぎると, 低血糖の頻度も高くなるなど,種々の面でストレスになるはずです。そのあたりが,死亡率のデータに影響したのではないかと考えています。

 高血圧に関しても,降圧薬服用者ではときに降圧しすぎの状態に陥るケースがあり,脳に対して悪影響を与える可能性があります。 あまり過度な治療は,特に高齢者には適していないのではないかと思います。

木村 糖尿病患者はどうしても再発しやすい傾向がありますので,私たちは糖尿病科の先生と連携して治療を行っています。 ただ,脳梗塞と脳出血とでは管理が異なるので,難しいところです。脳出血の既往例では血圧はしっかりと下げるべきですが, 脳梗塞の人は基本的には心臓や足などの血管病変の有無により治療法を選択すべきだと思います。

内山 最近は,血糖値を厳格に下げるより,合併する高血圧や脂質異常症を同時に管理するほうが, どちらの疾患の発症も効率良く予防できるというエビデンスが出されています。予防をめざした危険因子の管理については, この辺がポイントになりますね。

■卵円孔開存のカテーテル閉鎖術

木村 脳梗塞のリスクとして PFO(卵円孔開存)も非常に問題であると考えています。 欧米人では,頸部から血栓が飛ぶ TIA が多いのですが,私たちのデータでは TIA の半数以上が PFO を有していました。また,脳梗塞の約 5%が奇異性脳塞栓症というデータもあり, 治療や再発予防の検討がなされていますが,なかなか答が出ません。欧米ではカテーテル閉鎖術が行われていて,日本でも治験が検討されています。

内山 欧米では,原因不明の脳卒中に限らず,片頭痛の患者でもカテーテル閉鎖術がかなり行われているようです。

小林 片頭痛と,どのような関係があるのでしょうか。

内山 片頭痛の機序として,奇異性脳塞栓が起きているのではないかという見解です。 あるいは右左短絡を通じて動脈に入りこむ片頭痛発作誘発物質が原因になるのではないかなど,種々の説があります。

小林 PFO は右左房の圧の異常などが起こらないと脳梗塞は発症しないと思いますが,そのあたりのデータはいかがでしょうか。

木村 若年の奇異性塞栓症を発症する人では PFO が大きい傾向があると思います。 高齢の奇異性塞栓症は,大動脈が動脈硬化で変位し心房中隔を圧迫し,中隔が狭くなるために PFO を開きやすくなる,というのが私たちの見解です。

小林 それは興味深いですね。エコーなどで発症を予測できるかもしれません。

木村 さらにデータを集める必要がありますが,そういう可能性もあるかもしれません。

内山 PFO を有する人に対する治療法を,どのように選択されていますか。

岡田 九州医療センターでは,特に下肢の静脈血栓や肺塞栓のあとなどが発見された例は,最初から抗凝固療法を行っています。 それに該当しない場合にはまず抗血小板療法を行い,再発するようであれば抗凝固療法を行います。

内山 どう考えても塞栓症が疑われ,それ以外の心原性脳塞栓が発見されないという場合でも,抗血小板療法で様子をみられるのでしょうか。

岡田 奇異性脳塞栓症の確診例ならば,やはり抗凝固療法を行います。 ただし,“分類不能”や“その他”と診断した病型に PFO を有する例はかなりあり, 塞栓源不明の場合には抗血小板療法から開始します。肺塞栓,下肢静脈血栓や血液凝固異常のリスクも高く, 再開通現象など塞栓症を強く示唆する画像所見も加われば,抗凝固療法を考慮します。

■経食道心エコーの普及

内山 画像診断の向上により,経食道心エコーの所見も非常に重要になってきています。そのあたりはいかがでしょうか。

小林 施設間の人的資源の差などにより,経食道心エコーのルーチン化はまだ困難な状況です。 胸壁エコーで,右房や左房の大きさなどから程度を推測することは可能でしょうか。

木村 それは難しいですね。

岡田 病型の分類について言えば,九州医療センターでは,年間の脳卒中例のうち“その他”に入る病型が 29%にもなります。 実は,その他に属する大動脈原性脳塞栓症が非常に増えてきています。経食道心エコーの普及とともに,“その他”の患者の病態が明らかになり,増加しています。

小林 経食道心エコーなどの導入により,原因がずいぶんはっきりしてきましたね。

岡田 現状では,経食道心エコーを行っている施設とそうでない所で,診断が異なってきているのではないでしょうか。

■脳梗塞分類の問題点

内山 たとえば,皮質下小梗塞で頸動脈エコーにより 50%以上の狭窄があった場合には,どこに分類されるのでしょうか。

小林 典型的な“皮質下ラクナ梗塞”であれば,それは“ラクナ梗塞”に分類されると思います。

木村 米国の NINDS(National Institute of Neurological Disorders and Stroke)分類では“ラクナ梗塞”だと思いますが,TOAST(Trial of ORG 10172 in Acute Stroke)分類では“その他”になります。私たちの病院でも,“その他”に属する病型がいまや 4 割です。

小林 “その他”は「分類が不明」という意味でもあり,もし 40%もあったら 「何を診断して,どうやって治療するのか」という問題になるのではないでしょうか。

木村 診断基準が一定していませんので,日本での基準を設けたほうがよいと思います。

岡田 しかし,まだ剖検しないとわからない病型もあります。

内山 私たちの剖検例でも,Paf の発症者が,高血圧,糖尿病,高コレステロール血症も有しており, 最初は Paf があり皮質下梗塞だったので心原性塞栓症を疑いましたが,剖検するとコレステロール結晶であることが明らかになりました。 頸動脈には異常がなく,大動脈粥腫で,しかもプラークが破裂して発見されたケースです。 特に,多くのリスクをもつ高齢者は,剖検まで行わないと確定できないことも増えてきています。

■早期診断・早期治療

内山 最後に,早期治療の重要性について,一言ずつ,いただければと思います。

岡田 女性患者が増加してきたという問題に加えて,男性のアテローム血栓性脳梗塞において頸動脈狭窄症を合併する頻度も非常に増えてきています。 そのなかに TIA や軽症脳卒中から発症する人が多いので,これらを軽視せずに早期に治療をすることを特に一般内科医の方々には強調したいと思います。

 また,ハイリスク群が明らかになってきましたので,卒中発作の前の血管障害の段階から,守備範囲の広い内科が対応し, 外科との協調を行いながら先駆的予防・治療をさらに広げていかなければいけないと思います。

内山 そういう意味では最近脳ドック以外にバスキュラー・ラボという流れもありますね。

木村 たとえば TIA で入院した場合,私たちが最も注意していることは,内頸動脈の狭窄の有無と心房細動の 2 つです。 これらは 3 日以内に再発する可能性が非常に高いので,注意が必要です。

小林 私も内頸動脈の狭窄を調べたことがあります。典型的なものの頻度は,欧米に比べると明らかに低いです。 CEA(頸動脈内膜剥離術)の頻度は,欧米では年間 10 数万ですが,日本は 1 万までいくかいかないかです。 ということは,症例数に 10 数倍の差があることを示しており,日本の場合には心原性が多いと考えられます。 そういう人が次に大発作につながるかもしれません。 特に救急外来などで TIA だと診断し,そのまま帰すことは非常に危険です。 重症患者はひと目で判断できますから,むしろ軽い人こそ入院させ“心原性を見逃すな”という心得をもつべきです。 特に TIA,つまり症状が顕著でないときに予防することが重要です。

内山 まさにそのとおりだと思います。本日は最前線の実践的なお話をうかがうことができました。どうもありがとうございました。

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