内山 近年,脳卒中診療は大きな変貌を遂げています。 画像診断がめざましく向上し,血栓溶解薬の t−PA(組織型プラスミノーゲンアクチベータ)が保険適応となるなど,急性期診療が大きく進歩し, それに伴い,救急搬入体制の重要性も非常に強調されるようになりました。 そこで本日は,近年,変遷する病態への対応が急務とされる脳卒中について,お話をうかがいたいと思います。 まずは,木村和美先生から,血栓溶解療法に関連してお願いできますか。
木村 2005 年に認可された t−PA 静注療法は,脳卒中患者の社会復帰率を約 1.5 倍に増加させるといわれています。 しかし,発症 3 時間以内の処置が必要で,まずは救急隊員が「t−PA 療法が適応か否かのトリアージを行う」, 「t−PA 療法が可能な病院へ搬送する」,一方受け入れ側では「t−PA 療法の処置体制を整えておく」, これら 3 つがそろって初めてうまくいく治療です。 そのため,まずは,一般市民に脳卒中のことを知っていただく,つまり発症した場合には,速やかに専門医の診断を受けることが大事だということを周知することが重要になっています。
内山 その体制が確立されている施設や地域など,小林祥泰先生,実情はいかがでしょうか。
小林 「プレホスピタル」から「トリアージ」,そして「ストロークチーム」へという システムはまだ十分に整っていないと思います。しかし,t−PA 療法の講習会なども行われ,急速に普及しつつあることは確かです。
内山 脳卒中専門看護師(ストロークナース)の養成制度もいよいよ始まります。
小林 ようやく開始時期が決定されました。米国やオーストラリアなどの脳卒中センターでは, 第 1 のトリアージはストロークナースが中心に行い,「この患者は t−PA」というときに専門医をコールします。 わが国ではコール 20 回のうち t−PA 該当例は 1 回くらいですが,米国では 3,4 回に 1 回という確率だとされています。
1 人の優秀な医師よりも,的確に多くのトリアージを行えるストロークナースを養成していくことが非常に重要になります。 コメディカルの人たちとのチームワークなくして,脳卒中の超救急医療などは成り立ちません。
もちろん一般の人に対する啓発も必要で,これには日本脳卒中協会が取り組んでいます。 医療従事者側からもチーム医療の対策をさらに練っていくことが重要で,両サイドからの取り組みが必要だと考えています。
内山 岡田靖先生の九州医療センターでは,ストロークチームが非常にうまく機能しているとうかがっています。ご経験なども含めて,お話をお願いします。
岡田 当センターは医師主導型で,レジデントが先頭に立ち,空振りも含めて多数の神経救急疾患の経験を積んでいくというかたちです。 新日鉄八幡記念病院では,脳卒中の内科医 3 人,脳外科医 3 人がオンコール体制でうまく回転しているようです。 ストロークナースや事務員が窓口になっていて,私たちの 1.5 倍くらいの t−PA 症例数をもっています。平均的な診療体制としては,こちらがモデルケースになるストロークチームだと思います。
木村 2007 年の厚生労働省の班会議にて,急性脳梗塞患者の受け入れ体制について,約 9000 の病院に対しアンケート調査を行いました。 約 4500 の施設から回答を得ましたが,そのうち急性期患者を 24 時間体制で受け入れている病院がおよそ 1/3 です。 そのなかで t−PA を 24 時間 365 日行っている所が 1/3 で,4500 のうち 1 割程度ということでした。 非常に興味深い点は,t−PA 症例数は医師数と比例していて,特に 6 人以上の医師が勤務する施設ではかなり行われていました。
日本では,コメディカルを含めたチーム医療体制はいまだ充実していないのが現状だと思われます。
内山 責任感に燃えた医師たちが支えている現在の医療では,専門医が疲弊しつつあり,限界があります。ストロークチームに看護師の関与を強めるべき時期がきています。
木村 最近われわれは,BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)値の検討を行っており,脳梗塞の病型診断と病態の解明に有用であることがわかってきました。 特に心原性脳塞栓症患者は顕著に高く,400 pg/mL くらいまで達します。私たちは,来院時の採血で BNP 値が高いと,まず心原性を疑っています。 BNP 値が高い例では,非常に高率に心房細動を有すること,さらに 28 日以内の死亡率が高いこともわかってきました。 心臓に異常があると,それだけ合併症発症の可能性も高いのではないかと考えられます。
小林 脳ドックの検診結果でも,心房細動患者が増えていますが,無症候で元気な人でも BNP 値が有意に高いですね。 脳ドックの受検者でそうですから,発症後にはすでに BNP 値は高くなっているはずです。
内山 画像診断の所見も重要になると思いますが,頸動脈の評価はいかがでしょうか。
岡田 可能なかぎり頸動脈エコーを撮り,大動脈解離の有無を判定するというプロセスが急性期診断に取り入れられるようになりました。 より精度の高い安全なt−PA 治療が行えるようになったと考えられます。
また,高度狭窄や閉塞の患者は,急性期には非常に高頻度で進行していきます。 こういう例は,軽症脳卒中でも強固に抗血栓療法を行い,血圧,体液量などを厳重に管理していくことになります。 総合的に頸動脈を評価して,脳循環の治療を行うことは非常に重要です。
小林 頸動脈エコーの所見は,その後の進行度のマーカーになるのでしょうか。
岡田 それは難しいと思います。
木村 ただ,ひとつ言えることは,頸動脈プラークが可動性の人は,脳梗塞発症の可能性が高いです。
小林 そういう患者では血栓が脳に飛ぶ危険性は明らかですね。
内山 ある疫学調査によると,原因が不確定で臨床病型と画像所見が脳塞栓症と推測できる患者の最大のリスクは発作性心房細動(Paf)です。 そういう場合にも,BNP 値はスクリーニングに適しているのかもしれません。今後の進歩を期待したいです。