村上 SAD には,発症の原因やきっかけのようなものがあるのでしょうか。
多田 きっかけがある人もいますが,ない人も珍しくありません。
村上 SAD は,過去に明るく振る舞っていた人や子どもにも,特別な挫折体験や羞恥体験がなくてもあるとき急に起こりうるわけですね。
多田 ええ。「小学校は“黄金の時期”」という言葉があります。 小学校時代は優等生で皆のリーダーだった子が,中学や高校に入って症状が出るというのが,鍋田恭孝先生が言っている黄金期だと思います。ただし,いろいろなバリエーションがあります。
村上 SAD の病態評価にはどのようなものを利用すればよいのでしょうか。
熊野 最も使いやすいものは MINI(Mini−International Neuropsychiatric Interview)と略される「精神疾患簡易構造化面接」の方法ではないかと思います。 これは,質問項目も多くはなく,4 問聞けば診断できます。多少多めに診断するという傾向はあるようですが,SAD を疑ったら,質問してみる。 最初のほうが「いいえ」であれば,そこで評価は終わるので,時間はそれほどかかりません。
もう 1 つは,LSAS(Liebowitz Social Anxiety Scale)という質問紙があります。 24 項目ありますが,回答してもらえさえすれば,集計して点数をつけるのは比較的簡単です。 対人場面や,人前で何かをするときの恐怖感,あるいはそういった場面の回避の程度など,両方を分けて測ることができます。 具体的にわかりますので,とても有用な尺度だと思っています。
村上 この MINI と LSAS については,本誌でも朝倉聡先生がご説明くださっています。
では,子どもの SAD は,どのようなかたちで診断していけばよろしいのでしょうか。
藤田 小さな幼児の場合には非常に難しいと思います。 小学校高学年からは,LSAS やそれに類したものは使えます。 米国では LSAS−CA(Children and Adolescents)というものが使われていますが,非公開です。 というのは,評価法として論文にはかなり使用されていますが,具体的な項目はまったく示されていません。 今のところいっさい漏れてきていないので,われわれは,LSAS−J(日本版)を子どもの年齢に応じた質問に改変し,私自身が直接,質問して評価しています。
村上 半構造化面接のようなかたちで,直接聞いておられるのですね。
藤田 はい。そうしないと難しいです。親御さんなどを交えて行っています。
村上 子どものときからしっかりと発見し,治療に結びつけていくためには,社会がどう対応していけばよいでしょうか。
藤田 そのへんが最も大事だと思いますが,現在,啓発活動などはいっさい行われていません。 2006 年にテレビの CM でずいぶんと放映されてはいましたが,成人を対象としていたので,子どもにも SAD があることはほとんど理解されていません。 また,これまで日本小児科学会や日本小児心身医学会などでも,SAD に関する発表を聞いたことがありません(2008 年 5 月末開催の第 50 回日本小児神経学会では 1 題)。
多田 小児科の先生は勉強すべきことがたくさんありますからね。
藤田 確かにそういう面もありますね。
村上 この数年であまり変わっていませんね。
藤田 いまも全然進んできてはいません。 ですから,小児科の雑誌や,一般誌に近いような雑誌に掲載したり,大きな学会などに取り上げてもらったりすると,かなり広まっていくとは思います。 また,学校や教育委員会などでも,啓発を行っていただければよいと思います。
村上 医師よりも先に教員や親への啓発が重要ですね。
熊野 小児科では,発症のピークはどれくらいになりますか。全体でみれば,10 代前半は比較的多いとされていますが。
藤田 7,8 歳など実際にいるかと言われると,これはほとんど把握できていないので,なんとも言えません。 ですが,いないという理由はまったくありません。そういう人たちは,違う疾患として対応されていたり,なんらかの発達障害として診断されていたりすることが多いのではないかと思います。
熊野 明らかになるのは 10 歳を過ぎたあたりから,ということになるでしょうか。
藤田 ええ。ある程度の年齢にならないと,明らかになってきません。
村上 児童精神医学というジャンルがありますが,SAD への取り組みはいかがですか。
多田 SAD に対する関心はやはり低いです。児童精神科の発達障害が現在トピックになっています。 全般性の SAD は子どももいるはずですが,あまり研究されていません。
村上 精神科領域でもそうですか。意外な盲点ということになりますね。
多田 確かに盲点だなと思いました。
熊野 小学生について,いろいろなスキルがないからそうなのか,それとも病的な不安をもっているからなのかを見分けるのは,難しいところはありますね。
村上 ぜひ藤田先生を中心にして,小児科領域の実態調査,疫学調査をお願いしたいところですね。
村上 SAD が実はある精神疾患の発症のきっかけだったり,あるいは初期症状だったりということはあるのでしょうか。
多田 重症の全般性 SAD は,ほかの精神疾患,うつ病や躁うつ病であったり,統合失調症の前駆症状だったりします。 強迫性障害と重複するケースもあります。精神科領域が扱うべき複数の神経性の症状をもつ方は,SAD の可能性が高いです。 これは病態が重いと考え,そうであれば精神病,統合失調症や躁うつ病など,より重い精神疾患に移行することを考慮に入れないといけません。
村上 全般性 SAD のかたちをとっていても,いくつかの神経性症状,強迫性症状,不安症状, うつ症状などが重なってくる場合は要注意で,将来,精神疾患に発展していく可能性もあるということですね。 それはプライマリケアの先生方にとっても重要なことで,よく観察すれば理解できるかもしれませんね。
藤田 それは放置されたために二次障害として現れてくるものなのでしょうか。
多田 そうではありません。おそらく最初からではないでしょうか。私の印象では,特に躁うつ病に移行する人が多いのです。 以前は統合失調症との関わりで理解されていましたが,統合失調症になる人は,必ずしも多くありません。 躁うつ病になった人の症状は,以前は統合失調症とされていたものではないかと思っています。 幻覚や妄想がときおり出たり,被害妄想が出てきたりと,昔はなんでも統合失調症とみなしていました。 確かに統合失調症に移行する人もいますが,多いのは躁うつ病に移行する人だと思います。
熊野 それは I 型ですか。
多田 通常は双極 II 型のほうが多いです。
村上 軽躁を伴ってくるタイプですね。
熊野 確かにうつを合併してくる人は多いです。これは二次的なものもあるとは思いますが, SAD で,ある時期からうつが出てきた方はかなりいらっしゃるのではないでしょうか。
また,パニックがあって,それで二次性に SAD の基準を満たすようになる人もいて, 自発性のパニック発作がある場合にはパニック障害と診断するべきだという考え方があります。 自発性のパニック発作がなく,状況依存性だけの場合には,むしろ SAD が初発で,それでパニック発作の症状をきたしている。 一方,自発性の発作が起こり,人前で恥ずかしい思いをした,人前であのような症状を経験したくないなど, そういう面が目立つ場合には,SAD の診断を満たしたとしても,パニック障害として治療したほうがよいのではないかと思います。
村上 最近はこのような SAD の comorbidity, 併存症も注目されています。 SAD とうつ,SAD と強迫性障害,SAD と人格障害(パーソナリティ障害),SAD とパニック障害など,いろいろな精神疾患と合併する場合があります。 このあたりが SAD の症状の多様性,あるいは病態が変わり診断が変わってしまう可能性などの原因となっています。
村上 SAD については,セロトニンという神経伝達物質を中心とした不安障害の発症メカニズムが明らかとなり, 薬物療法の有効性がだんだん実証されつつあります。内科系のプライマリケアの先生方が知っておきたい薬物療法について,解説をお願いできますか。
熊野 私は,この病気は基本的に脳の機能障害だと理解するのがよいと思っています。 心理的なものというより,脳の機能障害が,ある年代から起こり種々の症状を現す。だから,脳に効く薬が奏効するのだと考えています。
現在,SAD に適応をもつ薬がフルボキサミンだけなので,最初はそれから使っていくのがよいと思います。 また,マイナートランキライザーのなかではクロナゼパムが例外的に有効性が高いというデータがあります。 それで,SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)とクロナゼパムを併用する。 さらに,スルピリドのようなものも少し追加すると,より活動的になります。SSRI,クロナゼパム,それからスルピリドというような順で使うのがよいと思います。 それによって,症状が消えてしまう方も少なくありません。ただ,全般性で,重症で,他の精神疾患を合併している方や,うつを合併しているような方は,それだけでは不十分かもしれません。
村上 パロキセチンも治験は成功して上市される予定となっています。欧米諸国ではすでに SSRI 全般が SAD の適応を取っています。投与量についてはいかがでしょうか。
熊野 もちろん少量からとなります。最初は悪心の副作用がかなり出ますので,そこがプライマリケアの先生方の最も留意すべき点だと思います。 少量から使い,胃粘膜保護薬のような薬剤か,吐き気止めを併用することが,コツだと思います。
さらに,初期に activation,イライラしたり,かえって不安,緊張が高まったりするような症状が出ることもかなりあります。 特にうつが重なっている 10 代,20 代前半の方には使用しないほうがよいと言われています。少量のクロナゼパムを併用するのがよいと思います。
モサプリドのような薬剤と,フルボキサミン 25 mg とクロナゼパム 0.5 mg を朝晩 1 錠ずつ,というように使うと, かなりの方が服用でき効果も比較的早く現れると思っています。吐き気止めという意味では,モサプリドの代わりにスルピリドでもよいでしょう。
藤田 基本的には,薬物はあまり小さい子には使っていません。小学校 5,6 年生,少なくとも 10 歳を超えてからです。 中学生くらいが多く,フルボキサミンがほとんどです。熊野先生がおっしゃったように,クロナゼパムは,抗てんかん薬としての使用経験がありますので,小児科医としては使いやすい薬です。 私は,その 2 種類以外は使用したことがありません。具体的に言えば,フルボキサミンには 25 mg 錠と 50 mg 錠があり,25 mg の錠剤 1,2 錠から開始し, 徐々に 50 mg,100 mg,最高でも 150 mg までです。
多田 私は,非全般性 SAD には SSRI はあまり使いません。非全般性の人には症状に応じた処方をしています。 たとえば手が震える人には,クロナゼパムがよく効き,クロナゼパムとβ遮断薬を使用すると,きれいに良くなります。
週に 1 回程度,人前で発表するときに緊張するという非全般性 SAD の人であれば,SSRI は使わずに, クロナゼパムとβ遮断薬(たとえばアルマール<CODE ®との併用で十分です。 また,緊張の際に吐き気がするのであれば,吐き気止めとクロナゼパムを併用する。 頻尿なら,クロナゼパムとオキシブチニン(ポラキス<CODE ®または抗コリン作用をもち平滑筋の収縮を抑える薬剤を併せればよいと思います。
しかし,対処的な方法で効果がなければ SSRI を追加したりしています。一方,全般性 SAD には抗うつ薬の処方が必須で,十分な量を使用しないと効きません。
村上 私も,5〜10 年という長い経過で SAD の病態が完成したような患者さんには SSRI を中心に使い, 比較的若い,発症からそれほど時間がたっていない人には,状況や場面に応じた処方でも十分だという印象をもっています。
多田 ただ,病態水準の悪いケースや,全般性 SAD で強迫性障害を伴っている場合などに SSRI を使うときには,activation syndrome に注意する必要があります。特に躁うつ病の気がある人には activation syndrome が起こりやすいです。 全般性 SAD で抗うつ薬を徐々に増やしていくと,躁転する方がいますので,精神病症状や躁状態になる可能性があるケースなどは,精神科に紹介していただくのがよいと思います。
村上 このあたりが精神科への紹介のタイミングになるわけですね。
多田 はい。また,SSRI の効き方で私が注意しているのは“こだわり”という病態です。 非全般性 SAD でも,ある意味では対人恐怖同様,人前では恥ずかしい思いをしてはいけない,うまく発表しなければいけないなど,そういうかたちにこだわっています。 SSRI はそういうこだわりを減らすので,SAD の症状も軽減すると考えられます。マイナートランキライザーは不安の身体症状には効きますが,そういうこだわりには効きません。 対人恐怖は羞恥の強迫,恥ずかしがることに対するこだわりなので,そういう意味で SSRI は効きます。
村上 SAD に対する心理療法について,お話をうかがいたいと思います。
熊野 心理療法に対する反応に関しては,SAD は性格的なものと関係がありそうなので,心理療法が効きそうに思いますが,実際にはあまり良くありません。 一方パニック障害のような病気は,何も誘因がなくても発作が頻繁に起こるので,逆に心理療法は効きそうにありませんが, 行動パターンや思考パターンを系統的に変えていく認知行動療法の反応率は SAD よりかなり良好です。 ですから,SAD には心理療法は思ったほどには効かないというのが,基本的な理解だと思います。
ただ,もちろん効果がないわけではなく,強迫性障害などは別ですが,パニック障害,SAD,全般性不安障害などに対し,リラクゼーション法などでもある程度の効果はあると思います。
プライマリケアの先生方はお忙しいですから,そこまではなかなか無理かもしれませんが,自律訓練法のようなリラクゼーション法を習得して,患者さんに指導していただくのもよいかと思います。 そして,患者さん自身で緊張,不安を少しでも減らせるようになっていただくことと,認知行動療法の代表的技法のひとつで曝露(エクスポージャー)法と言いますが, 苦手な場面にとにかく出ていき,慣れてもらう。そういう練習をするのがよいかと思います。
また,その練習の際に,悲観的,後ろ向きな考え方を少しでも前向きに変えていただく。 これは練習なのだから,自分自身がどう変わるかみてやろうという気持ちで,練習という位置付けで実際にチャレンジしてもらう。 そこでの注意点は,練習はしても,実際の場面で微妙に避けてしまうと良くならないことが明らかになっています。 人前に立って実行してはいるが,頭の中は避けよう,避けようとしていると,なかなか効果は出ません。 その際の工夫として,どこかにつかまって,手の感覚などを感じながら,その場の自分がやっていることに注意を向けてもらうと,回避がしにくくなるということが知られています。
藤田 小児の場合には,医者が慣れていないくらいなので,小児を担当する心理療法士の方もやはり慣れていないと思います。 まず病気についての知識が乏しいことが多いです。
アンケート調査の結果では,内科医と小児科医との比較で,最も使用されていると言われている認知行動療法について「いちばん有効である」と答えた方は,両者とも 30%程度でした。 ところが,「自律訓練法が有効である」と答えた人は,小児科の先生方が圧倒的に多く,内科の先生はほとんどいませんでした。 これは医者の話ですが,心理療法士も同様だと思います。
ですから,小児科の心理の先生たちがどれだけ SAD に対応できるようになれるかは,本当にこれからなのです。 それから,自分たちが診てよい範囲と,診てはいけない範囲をどの時点で見きわめるか。そのあたりが最も重要な点だと考えています。
私としては,他の疾患を合併してきたようなときには,それ以上はしないと決めています。 他のなんらかの精神障害が出てきたら,精神科に紹介させていただいているのが現状です。
村上 子どもたちにとって,学校生活は非常に重要で,多くの時間を費やす場所です。 医師よりも,学校の先生たちがどう関わるかが重要だと思いますが,そのあたりはいかがでしょうか。
藤田 学校の先生方は医師同様に経験に差があるうえに,子どもに対する考え方も一様ではありません。 ですから,一概にはこうすればよいというようには言えません。こちらからの働きかけはかなり難しいと思います。
ただ,東京の板橋区では特別支援教育が始まっていて,私たち医師も関わっています。 普通学級では何か問題のある子や,いろいろな障害のある子たちに介入していこうという試みが始められています。 そういうなかから,徐々に効果は出てくると思っています。多田 私は詳しくありませんが,認知行動療法は,精神科でもトピックになっています。 ただ,言われているのは,プライマリケアの先生方でも精神科医でも,患者さんがこういうことで恥ずかしい, 困っているときに,「そんなことは何でもないじゃないか。だれでもあるよ」と言うのは,良くないとされています。
医師や教員も,本人は非常につらいのだということを理解してあげることがとても重要なのです。 たとえば患者さんが「学級で本を読まされるのがつらい」と訴えたときに,「それは僕だって同じだよ」と言わずに, 「それは大変だね。そのことで困っているのだね」と受けとめることが重要だと言われています。
村上 心理療法の基本は,患者さんの苦痛をきちんと受容し,共感しながら, 治療によって治っていくと保証をする,患者が味わう種々の苦難や苦しみをきちんとサポートしていく姿勢が重要になります。これが心身医療の原点でもあろうかと思います。
今回議論された内容をふまえ,プライマリケアの先生方には積極的に SAD に関わっていただけたらと,願っています。本日はありがとうございました。