■治療学・座談会■
心筋症はどこまでわかったか
出席者(発言順)
(司会) 小室一成 氏(千葉大学大学院医学研究院循環病態医科学)
森田啓行 氏(東京大学大学院医学系研究科健康医科学創造講座)
川名正敏 氏(東京女子医科大学附属青山病院)

心筋症の診断と治療

■ウイルス性心筋炎と心筋症

小室 今後いろいろな遺伝子変異が発見されるとは予想されますが, 遺伝子変異以外の原因に関してはなかなか難しい問題だと思います。たとえばウイルス性心筋炎から心筋症を発症したのか, 慢性心筋炎からの病態変化なのか,川名正敏先生は,それらをどのように判断されているのでしょうか。

川名 ウイルス性心筋炎の自然歴は,その原因や発現している症状によって大きく異なります。たとえば最も多いコクサッキー B ウイルスによる急性心筋炎患者の大半は自然に治り,良好な経過をとります。罹患しても入院にまで至らないケースも多く, 心筋炎自体の診断が困難な場合が少なくないのです。ただ,米国の免疫グロブリン療法の検討を行ったグループのコホート研究をみると, 急性期に左室が大きくて球状を呈する例は,慢性期のリバースリモデリングや左室駆出率の改善が悪いとのデータが出されています。 ちなみに免疫グロブリン療法例と,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とβ遮断薬を投与した例との間に有意差はなかったという結果でした。 急性期に心筋がどの程度ウイルスによって傷害されたかにより,ある程度長期のアウトカムが決まるのではないかとの考察でした。

 またウイルス自体の細胞傷害性以外に,ウイルスゲノムが残存していると,それにより惹起される免疫反応が続くことになり, ひいては心機能の改善が悪いというデータがあります。慢性化しやすい例を差別化できる可能性が出てきたのかもしれません。

小室 米国ではウイルス性心筋炎はそれほど研究されていないと思いますが, ウイルス性心筋炎の原因がジストロフィンを切断するとの米国のデータがありましたが,その後,これらはどう考えられているのでしょうか。

森田 私はその続報を聞いていませんが,それに関連する論文も出ており,非常に興味深く思っています。

川名 逆に,心筋症から心筋炎をみた場合,拡張型疾患の若年者で比較的速い経過で心臓が拡張し症状が悪化している例のなかに, ウイルス性心筋炎の関与が示唆されるものがあります。エンテロウイルス,アデノウイルスのほかに HIV や C 型肝炎ウイルスの関与も報告されています。 このほかに,自己免疫のメカニズムも想定されます。拡張型心筋症例で,抗αミオシン抗体,抗β受容体抗体などが血中で検出されることがあります。

小室 自己抗体の話は以前からあると思いますが,それが結果なのか原因なのか,という議論があります。論文も出ていますが, 最近では抗体を除去したら改善がみられた,あるいは入れたら誘導できたという報告が出ていますね。

川名 最近,心不全患者の血液中に高率に自己抗体が検出されることが注目され, 心筋障害だけでなく不整脈発症にも関与していることが明らかになりました。そして,自己抗体陽性の重症心不全に対して免疫吸着療法を行うことにより, 心機能が改善して心不全症状も良くなった例が相次いで報告され,脚光を浴びつつあります。

小室 心筋炎から心筋症に移行するのは,ウイルス性心筋炎により心臓に障害が起こることによりなんらかの機序が働き, 自己免疫的な機序が働いてしまうということでしょうか。

川名 自己免疫性心筋炎ともよばれるわけですが,これももともとはウイルスによる心筋細胞傷害により変性した 構造蛋白が異物として認識されることがきっかけではないかと想定されています。

■画像診断の使い分け

小室 診断における最近のトピックには何があるでしょうか。

川名 遺伝子診断とともに,画像診断の進歩があります。心臓超音波検査では,現在は組織ドプラー法を用いた心室機能, 壁運動評価が普及してきていますが,右室を含めた心臓の全体像や,心機能だけではなく心筋の障害をみるのには MRI が最も有用です。

 拡張型心筋症においては,遅延造影の有無が予後予測因子のひとつになりうるとされており,肥大型でも同様であるという論文がいくつか発表されています。 心機能については,基本的には何か発見されたら,1 回は MRI により遅延造影の有無はみたほうがよいと思います。

 もう 1 つは不整脈や突然死の予測という観点からの非侵襲的検査法として,従来から使用されてきた遅延電波に加えて,T wave alternans(TWA)があげられます。TWA は心筋梗塞後の不整脈イベント予知に有用とされてきましたが,肥大型心筋症でも有用性が認められつつあります。

 それから PET の心筋症への利用は,これからかもしれません。

小室 心サルコイドーシスに PET が良いとされていますが,有用かの判断は炎症の有無にもよりますね。

川名 ええ,心臓に炎症があるかがポイントにはなります。

■特定心筋症の治療

小室 特定心筋症についてはどうでしょうか。

川名 肥大型心筋症のなかに,おそらく貯蔵病がかなり含まれていると思いますが,そのひとつにファブリー病があります。

小室 われわれもファブリー病をかなりスクリーニングしました。分母をどこにおくかにもよりますが, 肥大型心筋症と考えられる人の 2〜3%がファブリー病である可能性があります。今はαガラクトシダーゼ投与で治療が可能になりましたので,発見する意味が出てきました。

川名 拡張型心筋症と考えられているもののなかに,心サルコイドーシスがあります。 そのつもりで診断していかないとなかなか診断できませんので,常に全身の所見も意識しながら診ることが必要です。

小室 拡張型心筋症と診断されていて,バチスタ手術を受けた人の 5%近くが心サルコイドーシスだというデータがありますね。

川名 心サルコイドーシスは,初期でしたら比較的ステロイド薬への反応が良いのですが, 拡張して心筋障害が強くなると効かなくなってしまいます。

小室 炎症反応があるものは RI 検査や PET などで鑑別できますが,アップテイクがないようなものは無理です。 われわれも,ステロイド薬が効く初期段階で,心サルコイドーシスの鑑別だけはするようにしています。

■肥大型心筋症の治療

小室 肥大型心筋症の治療についてはいかがでしょうか。

川名 無症状の場合,突然死に関するハイリスク群を差別化し,低リスク群は基本的には無治療で経過観察です。

小室 薬物療法はどうでしょうか。以前,Seidman グループが Ca 拮抗薬のジルチアゼムを推奨していました。

川名 ええ,肥大型心筋症に起こる拡張障害の治療は,通常と同様の治療法しかありません。 心拍数を落として心房細動を予防し,血圧をしっかりとコントロールして除水を行うというスタイルです。

 閉塞性肥大型心筋症の場合には,薬剤はT群薬が主ですね。Na チャネル遮断薬は部分的ではありますが,左室内圧較差を低下させます。 米国はジソピラミドで,日本はシベンゾリンも承認されているので,基本的にこの 2 薬のどちらかとβ遮断薬を併用しています。

 薬物抵抗性の治療においてはいろいろ検討されていますが,米国では手術が第一選択になります。 米国のクリーブランドクリニックやメイヨクリニックのデータをみますと,死亡率 0.5%程度と低く,症状改善も良好です。

 しかし,日本にはそこまでの症例数をこなしている熟練者がいません。その代替として経皮的中隔心筋焼灼術(PTSMA)があり, かなり広く行われています。ただ問題点として,梗塞をつくることになるので不整脈や壁運動障害が生じることが指摘されています。 米国などはどちらかというと手術のほうがよいという意見ですが,日本や欧州では PTSMA が非常に多く行われるようになりました。

小室 長期予後結果は出ているのでしょうか。

川名 多数例のコホートを比較すると,手術のほうが良好です。

 治療においてはもう 1 点,ペースメーカがあります。DDD ペーシングで,右室をペーシングすることが当初,評価されていました。 しかし,メイヨクリニックのランダム化比較試験の結果,これはプラセボ効果であるとされ,ほとんど消えかかっていました。 ただ,I 群薬を投与しながらペーシングを行うと,長期の圧較差と症状への効果がきわめて良好です。手術の前段階の選択肢としても捨てがたい治療です。

小室 I 群薬だけよりペースメーカをとり入れたほうがよいのでしょうか。

川名 投薬単独より併用のほうが圧の下がりも良く,長期的な効果も良好と思われます。 年齢や腎機能などの因子で手術適応のない人たちに十分適用できる方向になっています。

■拡張型心筋症の治療

小室 拡張型心筋症ではいかがでしょうか。

川名 拡張型心筋症の治療は,基本的には心不全治療ということになります。 何か特異的な治療があるかと申しますと,前述のウイルス性心筋炎が原因の拡張型心筋症での免疫抑制などがあげられますが,ほとんどが否定的なデータです。 ステロイド薬の使用が逆に悪化させるという傾向もあります。

 これに関して注目されているのは免疫吸着療法です。これを何回か繰り返していると,サイトカインのレベルが下がり,重度の心不全から脱する症例が報告されています。 心機能などの変化に注意が必要ですが,今後適用が広がっていくでしょう。

 慢性心不全治療については,ACE 阻害薬とβ遮断薬で効果を得られない場合,ペーシングによる心臓再同期療法の CRT(cardiac resynchronization therapy),CRT−D(defibrillator)が標準的な治療になってきました。 しかしながら,3 割弱の例で無効であることが問題となっています。 予測可能な因子は何かについては詳細なデータがいくつか出されていますが,QRS 幅が最も鋭敏なデータであるというのが最近の研究結果です。

■米国の最新治療

小室 米国での肥大型,拡張型心筋症の最新治療はいかがでしょうか。 心拡大に伴って MR(僧帽弁閉鎖不全)が重症化しますが,弁形成術や左室縮小術を行うべきかは悩むところです。

川名 左室形成術はあまり行われていないのですか。

森田 詳細はわかりませんが,左室形成術は経験豊富な施設でないと安全に行えないこと,また標準化された適応基準も定まっていないのが現状のようです。

小室 バチスタ手術はどうでしょうか。

森田 行われていません。

川名 広範囲前壁中隔梗塞の低心機能例に対して,パッチを用いた左室縮小形成術(SAVE 手術)は行われています。

森田 拡張型心筋症については,具体的にはペンシルベニア大学で, アデノ随伴ウイルスで筋小胞体 Ca ATP アーゼ(SERCA)遺伝子を冠動脈から入れる方法での検討が行われています。 それからカリフォルニア大学ではアデニレートサイクレース遺伝子を入れる検討を行っており,フェーズTからUに移っています。臨床試験では現在のところこの 2 つだけです。

小室 アデニレートサイクレースを入れてどうするのでしょうか。

森田 サイクリック AMP を合成するという非常に明快な発想です。 あとは動物実験レベルですが,ファブリー病のモデルマウスで,レンチウイルスでαガラクトシダーゼ A 遺伝子を入れるという試験が行われています。 これは骨髄単核球を使用しており成果を上げているようですが,ヒトへの応用までは時間がかかります。

小室 遺伝子治療もかなり難しいですね。

川名 遺伝子のハードルが高いですからね。

■再生治療の臨床応用

小室 再生治療は最近たいへん注目されています。心不全の再生治療として,国内では骨格筋細胞移植が行われています。 骨格筋をシートにして心臓表面にはったところ有効であったと,大阪大学の澤芳樹先生が報告されています。

 米国では,シーダーズ・サイナイ・メディカルセンターの Eduardo Marban 先生が,患者本人の心筋生検標本を浮遊培養によりカルディオスフェアとして増やしたうえで, それを移植するということを検討されています。おそらく 2008 年中には臨床試験が行われると思います。

 本日は,心筋症の病態生理から診断,治療まで,非常に広い範囲にわたってお二人にご意見をいただきました。ありがとうございました。

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