片山 新しい目で本態性高血圧症の病因としてのアルドステロンの臨床的意義を見直した論文が散見されるようになってきています。
>武田 アルドステロンが血圧や心血管系の合併症とどれだけ関係しているのかということが問題です。 以前,Lara らのグループが高血圧の患者でレニンが高いほど心血管系の合併症が多いという報告をしました。 それ以後,原発性アルドステロン症はレニンが低いので,高血圧症の中でも合併症は低頻度ではないかと考えられてきました。 ところが私の恩師である竹田亮祐先生が厚生省の班会議の班長をしておられたとき, 日本の多数例で検討され,原発性アルドステロン症の場合は心血管系の合併症が本態性高血圧症と比べて血圧や年齢で補正しても多いことを報告しています。 その後いろいろな施設から,原発性アルドステロン症は本態性高血圧症よりも合併症が多いと報告されています。
それでは,本態性高血圧症におけるアルドステロンはどうなのだろうか。 アルドステロンがどれくらい高血圧症に関係しているのかをみるためアルドステロン受容体拮抗薬であるエプレレノンという降圧薬を用いて, どれくらいの人に血圧降下がみられるのか検討した報告があります。 ほぼ 8 割の人に降圧がみられました。本態性高血圧症の患者でも,アルドステロンはアンジオテンシン II とともに血圧維持にかなり大事な役割をしているのではないかと考えられます。
もう一点は,アルドステロン値が高い症例は合併症が多いのではないかということです。 Framingham Heart study でも,血漿アルドステロン濃度が高いと高血圧症になりやすいことが報告されています。 われわれにも本態性高血圧症で ARR と合併症の程度を検討したデータがありますが,ARR が高いほど心血管の合併症,事故が多くなることがわかってきています。
欧米でも,黒人ではアルドステロン値が高く白人に比して合併症が多いという報告も散見されます。 そういう意味でアルドステロン値を測定することは,本態性高血圧症においてもリスクファクターの一つとして重要になってくるのではないかと考えています。
ただ,ご存じのように保険上は 1 回しか測れません。高血圧症の病名で 2 回測りますと,レセプトが返ってきます。
片山 月を変えれば大丈夫では?
武田 月を変えても,病名が本態性高血圧症だとクレームがきます。
片山 「原発性アルドステロン症の疑い」とつけないといけない。
武田 そうですね。
片山 原発性アルドステロン症を見つけるのに有用で,本態性高血圧症でもハイリスクの患者を特定する指標になりうる。 そういう意味で,一度は初診時に測っていただくことが重要ですね。
片山 スピロノラクトンはアルダクトン<CODE NUM=0444>という商品名ですが,何十年も前からある薬ですね。 日本でも,近々エプレレノンというより選択的なアルドステロン受容体拮抗薬が発売予定です。
大村 スピロノラクトンは,抗アルドステロン作用による利尿効果を期待して開発された薬剤です。 慢性重症心不全を対象に行われた RALES では,対照群と比較して死亡率を 30%も低下させました。 しかし,スピロノラクトンは,抗アンドロゲン作用をもつため,女性では生理不順,男性では女性化乳房や乳頭部の痛みなどの副作用があり, その欠点を改善し降圧薬として使用できるよう開発された抗アルドステロン薬がエプレレノンです。
スピロノラクトンは降圧効果を発揮するためにかなりの投与量が必要でしたが, エプレレノンは常用量でカルシウム拮抗薬と同等以上の降圧効果があると報告されています。 そして急性心筋梗塞後の重症心不全患者を対象に行われた EPHESUS(Eplerenone Post−Acute Myocardial Infarction Heart Failure Efficacy and Survival Study)試験では,エプレレノン投与群で生存率の改善が証明されました。
血中アルドステロン高値の高血圧患者で臓器障害が多いといわれていますので, エプレレノンの作用機序から考えて,今後の高血圧治療にどのように使用できるか,非常に興味があります。
片山 EPHESUS では突然死がかなり減っていましたね。
大村 その原因は明らかにされていませんが,とくに心機能が不良の重症例での突然死がエプレレノン投与で減少しています。
武田 非常に早い時期から効いている。
大村 投与開始 30 日で差が出ていますので,心筋の線維化の程度に差異が出るような時期より,早くから効いているようです。
武田 そういう面で非ゲノム的な機序のブロックもあるのではないかと考えられます。
片山 FDA は糖尿病性腎症への適応を認めなかった。 エプレレノンを 1 日 200 mg まで使ったので,高カリウム血症が増加したり,腎機能悪化のスピードが早くなったりしたのかもしれない。 糖尿病性腎症,微量アルブミン尿のある患者には禁忌だというレッテルが貼られてしまい,糖尿病の先生方は少しがっかりしている。
ただ,小規模なスタディでは,ACE 阻害薬や,ARB など腎保護が確立している薬を使っても, 微量アルブミン尿,蛋白尿が減らない患者にスピロノラクトンやエプレレノンを追加投与し, レニン・アンジオテンシン・アルドステロンの三つを完全に抑える戦略が試みられていて, 微量アルブミン尿,蛋白尿を減らし腎症の進展を遅らせることが期待されています。いわゆるトリプルブロックです。
日本ではどういう適応になるかまだわかりませんが,糖尿病性腎症があっても少量で使えるようになるのではないかと期待しています。
片山 アルドステロンが腎臓の線維化を起こすとか,酸化ストレスや NO に関係しているということが明らかになってきており, その阻害が腎保護に働くと考えられます。
したがって,アルドステロン受容体拮抗薬は腎臓に対しても期待がもてる薬剤になるかもしれません。
武田 最近アルドステロン受容体拮抗薬の心血管,腎保護作用に関して多くの報告がなされています。 心肥大を有する高血圧症患者にエプレレノンまたは ACE 阻害薬を単独または併用で使用すると,心肥大の退縮,尿中アルブミンの減少など,非常に改善したという報告もあります。
動物実験などでも,抗炎症作用,抗酸化ストレス作用に加え抗凝固作用,抗動脈硬化作用が注目されています。 アポ E 欠損マウスやモンキーに高コレステロール食を投与し, エプレレノンなどを投与すると動脈硬化が予防できるという報告もされています。
腎保護作用に関するわれわれの経験では,軽度の糖尿病性腎症を伴う高血圧症患者に ACE 阻害薬または ARB を投与すると, ARB では 20〜30%の割合でアルドステロン・ブレイクスルー現象が起きてきます。 ACE 阻害薬では 40〜50%の症例でブレイクスルー現象が起こってくる。 そういう患者に了解を得て少量のスピロノラクトンを投与しますと,蛋白尿とか尿中アルブミン量が劇的に改善します。 一部の症例では腎臓にも有効ではないかと考えられます。
片山 スピロノラクトンはわりと少量で効いてくる。あれは不思議ですね。
本日はありがとうございました。