後藤 さて,アスピリンは 100 年前から使われている薬で,エビデンスもあって,安全性も有効性も確認されています。
ただ,アスピリンで心筋梗塞や脳梗塞の発症を予防できるといっても,1/4 だけです。なんとかこれを 1/3 とか 1/2 にできるような新しい薬はないのでしょうか。 新しい抗血栓薬というか,アスピリンよりもあとに開発されたチクロピジン,クロピドグレル,シロスタゾールなどの薬剤の位置づけについて,内山先生,簡単にレビューしていただけますか。
内山 先ほども話しましたが,日本ではアスピリン導入が遅れたこともあり,それまでチクロピジンが非常に多く使われていました。これはチエノピリジン系の薬剤で,ADP 受容体阻害薬ですけれども,アスピリンと同じように不可逆的な抗血小板薬ですが,いくつかの重篤な副作用が起こる可能性があります。
いちばん問題なのは血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)で,発現頻度は非常に低いのですが,一度起こると死亡率が 30〜40%という非常に怖い副作用です。
もう少し頻度の高い副作用に白血球減少や,血小板減少もあり,とくに欧米人よりも日本人を含めたアジア人に多い副作用として,重篤な肝障害を起こしやすいということもあります。
このため新規投与の場合は,2 週間ごとに白血球分画を含む血球算定が義務づけられました。これにより新規使用にブレーキがかかってしまったのです。すでに 7 年前から同じチエノピリジン系のクロピドグレルが海外でのほとんどの国で使われてきたのですが,日本ではなかなか適用承認が得られませんでした。 どうやらそろそろこの薬剤も使えるようになるような状況が出てきています。
クロピドグレルはチクロピジンとまったく同じ効果で副作用の発現頻度が少ない。実際に脳梗塞患者 1000 例以上を対象にして,おもに副作用をチクロピジンと比べる第 III 相臨床試験が行われました。その結果,欧米人同様,日本人でもクロピドグレルは副作用が少ないことが確認されましたので, この薬剤が登場すると,チクロピジンよりももっと使いやすい薬剤になるのではないでしょうか。
実際にアスピリンとこのようなクラスの薬剤の違いを比べるためにメタアナリシスにより解析しますと, チエノピリジン系の薬剤は,アスピリンよりごくわずかですが,血管イベントの低減効果に優れています。医療経済学的にみた場合はまた別問題ですが,選択肢が増えることは非常にいいことだと考えています。
シロスタゾールは日本で開発された薬剤ですが,これはホスホジエステラーゼ(PDE)III 阻害薬です。海外では同じ PDE 阻害薬でジピリダモールという薬があり,cAMP と cGMP に依存する PDE 阻害という点が違いますが,いずれにしても PDE 阻害薬なので,抗血小板作用だけではなく血管拡張作用もあります。
最近では,そのほかに抗炎症や抗動脈硬化作用,あるいは,内皮機能改善効果も報告されるようになりました。 脳梗塞の再発予防効果があるということがわかってから,日本では盛んに使われるようになりました。
さらに,この種の薬剤を併用することで血管イベントの予防効果がさらに高まるかどうかを検討する臨床試験も数多く行われています。 ただ,一部の臨床試験では出血も増えるというリスクも出てきています。今後,併用を含めた新しい抗血小板薬の使用が増えていくでしょうね。
後藤 いろいろな抗血小板薬がありますが,どれも出血傾向を助長しがちですね。プレタール®(シロスタゾール)というのはどうなのでしょう。 出血性潰瘍を増やす可能性はあるのですか。
太田 基本的には低用量アスピリンの場合は COX-1 を阻害することが障害に結びついている可能性が高いので, 低用量アスピリンに比べればシロスタゾールなどのほうが障害作用は弱いと考えられます。
後藤 現実には出血するとわれわれのところではなく,他の診療科に行ってしまうので ,単純に脱落しているというのではないと思います。ですからこのような症例はあまり経験がありません。
太田 われわれの経験では,出血例ではパナルジン®(塩酸チクロピジン)やプラビックス®(クロピドグレル)などの薬を飲んでいる人は非常に少なく, 低用量アスピリンが圧倒的に多いですね。
後藤 消化器内科の領域ではアスピリンとチクロピジンの併用も結構あり, それだと粘膜障害を起こして出血が止まりにくくなるのではという想像はできますが, 私自身もあまりそういう出血で困るという経験はないです。太田先生の病院では併用療法で出血しているという例がありますか。
太田 ワルファリンと併用している患者さんは多いですが,抗血小板薬を 2 種類飲んでいるという方はあまり記憶にはないですね。
後藤 100 年経って,改めてアスピリンがいい薬との評価を受けています。医療経済も含めて, アスピリンがまだまだゴールドスタンダードであることに異論はないと思いますが,次の世代のアスピリンを超える薬剤というのは,どんなものがターゲットになっているのでしょうか。
梅村 抗血小板薬として究極の抗血小板作用をもつ GP IIb/IIIa 拮抗薬が開発されています。 その静注薬は,今外国で,心臓に使われていますが,抗血小板薬の二次予防となるとどうしても経口薬が対象になってきます。GP IIb/IIIa 拮抗薬の経口薬は,海外でいろいろな試験が行われていましたが,意外と期待はずれの結果になったというのが現状です。 つまり,抗血小板作用を強力にしていくという点で,アスピリンを超えることができるかは,まだ疑問の残るところです。
血栓というのは,血小板だけではなく,当然,動脈硬化があって内皮が障害され,そこに血栓を生じ,さらにそれが成長して, 最終的に血管閉塞というイベントが起きるわけで,そういうことをトータルに考えて,いろいろな部位に効く薬剤というのが, 今後の抗血小板薬としてかなり期待できるのではないでしょうか。とくに内皮がターゲットになっていくと思います。
内山 内皮機能に対して効果のある薬剤は,出血性合併症が少なくなるという可能性があります。 血小板に対する作用だけでなくトータルとしての抗血栓作用,ひいては血管イベントの予防効果を発揮する可能性があります。
今後は血小板だけをターゲットにする薬剤のみならず,内皮機能,あるいは白血球も含めた血液細胞,血管壁細胞全般に作用のある薬, すなわち,グローバルな作用をもった薬剤が開発されることが望ましいといえます。
また一方で,正常な止血機構を阻害しないで活性化した血小板だけを抑える,ピンポイント攻撃するような薬剤, 分子標的薬の開発という方向もあります。しかし,このような部位特異的な抗血栓薬は逃げ道がたくさんできてしまい,肝心の抗血栓効果が少ないかもしれません。 それを解決するために分子標的薬を組み合わせた,デュアル,トリプルのカクテル療法が今後模索されていくでしょう。
後藤 今,世界の人口の 1/4〜1/3 が心筋梗塞や脳梗塞というアテローム血栓症で死亡している現状から, アテローム血栓症が次の世代の治療ターゲットとして癌以上に大きなものとなってきます。
アスピリンの作用メカニズムの中にはまだ解明されていない部分もあり,実際に有効性と安全性は確認されているが, その作用はわからないという部分は,もしかしたら次の世代の新たなアテローム血栓症発症メカニズムの理解と, それに引き続く新たな抗血栓療法の開発につながっていくのではないでしょうか。
本日はどうもありがとうございました。