百村 本日は心筋虚血の検出法に焦点を当て,大きく急性虚血と慢性虚血に分けて話を進めていきたいと思います。
急性心筋梗塞(acute myocardial infarction:AMI)で代表される急性心筋虚血は,患者が来院した場合,一般の病院ではまず心電図をとり,CPK を含む一般検査をし,その後,エコーでみてカテーテル室にいくのが通常のコースだと思います。しかし最近,新しい心筋マーカーが出てきて,予後の予測という点においても重要な意義をもってきています。最初に清野先生に,最近の生化学マーカー,特に新しいマーカーの意義についてお話しいただければと思います。
清野 心筋梗塞マーカーとして,1954 年に AST(GOT)が登場し,その後 1965 年にクレアチンキナーゼ(CK),1975 年に CK-MB とミオグロビン(Mb)が登場し,1979 年には WHO の診断基準が発表されて,心筋梗塞の診断基準が確立しました。
1989 年,ハイデルベルク大学の Dr. Katus がトロポニン T(TnT)の測定法を確立し,心筋梗塞診断における有用性を発表しました。その後,1996 年には,米国心臓学会(ACC)とヨーロッパ心臓病学会(ESC)が心筋マーカーでどれくらい急性冠症候群のリスク層別ができるかメタアナリシスした,非常に興味深い成績を発表しました。その成績をもとに 2000 年 9 月,ESC と ACC は心筋梗塞の診断基準を改定しました。この改訂では,従来の CK や CK-MB に代わって,TnT あるいは TnI の上昇があった場合には,CK,CK-MB が上限値の 2 倍を超えていなくても心筋梗塞と診断すべきである,と再定義がされています。
わが国ではまだこの再定義に準じた心筋梗塞診断はなされていませんが,TnT あるいは TnI の測定,特に簡便な全血迅速診断法が導入され,実地医家にもずいぶん使われているので,心筋梗塞の診断,心筋虚血の検出法はずいぶん変わってきているのではないかと思います。
百村 日本でも TnT の定性キットが使えるようになりましたが,前原先生,AMI が疑わしい患者が来院したときに,そのような新しいマーカーを日常診療で使っていますか。
前原 必ず使います。
百村 例えば TnT を測って陽性であった場合に,どう判断し次に何を行うかという,具体的なストラテジーをおもちですか。
前原 TnT は感度が高いマーカーで,陽性だったら AMI である確率はかなり高いと思います。AHA(米国心臓協会)/ACC のガイドラインにもあるように,症状の発現から 3 時間以内に測って,陰性であれば,8〜12 時間のうちにもう 1 回測り直す,という方法でやっています。
清野 心筋マーカーでは 3 つの点を考えるべきです。1 つは細胞質可溶性分画にある Mb や心臓型脂肪酸結合蛋白(H-FABP),第 2 点は筋原線維そのものが壊死後に血中に遊出してくるミオシン軽鎖や TnT,TnI があります。そして第 3 点ですが,いまわれわれが興味をもっているのは,BNP,あるいは N 末端 BNP も心筋の機能的マーカーとして虚血イベントの中で位置づけられるのではないかということです。
これらのマーカーは血中における遊出動態の特徴がそれぞれ異なっています。筋原線維由来のトロポニンは,発症 6 時間以降では感度も特異度も極めて高いのですが,超急性期の診断ではどうしても見落としてしまうことがあります。それを補うのが H-FABP や Mb です。特に H-FABP については,わが国で全血迅速診断法を開発しました。これは非常に有用だと思います。発症後 2,3 時間以内の超急性期には H-FABP を使い,6 時間後にはトロポニンを使う,という使い分けをしたり,あるいは両方を組み合わせるなどすれば,診断効率はずいぶん上がると思います。
前原 H-FABP は 1.5 時間ぐらいで上がるといわれていますが,感度はどれぐらいですか。
清野 われわれの多施設研究成績では,2 時間以内で 89%です。同時に TnT を TROP-T でみているのですが,感度は 22%です。 ところが 6 時間後になると両方とも 90%以上で追いついています。早い時期は,TnT では見落としてしまう症例が出るいうことです。
一方,H-FABP や Mb は偽陽性が出てきます。偽陽性は心筋梗塞ではありませんが, 心筋傷害を伴った狭心症や重症心不全に伴う心筋傷害が起きて,H-FABP,Mb は高くなってきます。 慢性心不全症例で TnT が検出されるような症例もあり,われわれはそれを ongoing myocardial damage(進行性潜在性心筋傷害)として,心不全における重要な増悪因子の 1 つと考えています。
■非 ST 上昇型で特に有効な生化学マーカー
石田 症状と心電図所見からでは確定診断が困難な急性心筋梗塞の症例がかなり存在するということを背景にして, 早期診断のための努力が種々の検査分野で取り組まれているように思います。 新しい心筋生化学マーカーの利用は最も期待されているようですが,実際にはどのようなケースで必要とされるのでしょうか。
清野 循環器専門医,あるいは経験の多い内科医は,胸痛を訴え,心電図で ST 上昇しているタイプの患者では,診断はそれほど迷わないと思います。 非 ST 上昇型,つまり T 波の逆転や ST が低下している患者,あるいは非特異的な変化を示す患者でより有用であると思います。
石田 それらの症例は実際にはどれくらいの割合で経験されますか。
清野 われわれが多施設で H-FABP の共同試験を実施した症例では, 登録した症例の 2 割は ST 上昇型ですが,残りの 8 割は疑わしいか,非 ST 上昇型,あるいは脚ブロックや心房細動など, 従来心電図診断が困難であると考えられていた症例です。
石田 かなり多いですね。
前原 心電図所見からは,AMI 患者の 50%は診断できます。40%は異常ですが診断には至らず,10%はまったく正常である,といわれています。
百村 CK や,かつていわれたミオシン軽鎖のようなマーカーとの比較に関してはどうなのでしょうか。
清野 1989 年に Dr. Katus と会ったときに,TnT 定量アッセイが完成したということを聞き,われわれは早速これを導入し,検討しました。 CCU に収容した患者を対象に 2〜4 時間おきに採血し,CK,CK-MB,ミオシン軽鎖,そして TnT の経時的遊出動態を分析しました。 そうすると,CK や CK-MB は正常上限値の 2 倍までは上昇していませんが,ボーダーラインを示す不安定狭心症が少なからずあることがわかりました。 しかしそれは,WHO の診断基準では心筋梗塞とは診断されません。 そのような症例でも TnT は上限値の 5 倍や 10 倍に上がっており,当時,心筋傷害を合併する不安定狭心症と表現したわけです。 従来,不安定狭心症と考えられていた症例の約 30%が,新しい診断基準であるトロポニンの上昇で診断した場合には,心筋梗塞に包括されます。
百村 従来のマーカーでは診断が非常に難しいそのような症例について, 新しいマーカーを使って梗塞であると判断した場合,すぐにアグレッシブな治療にもっていくのでしょうか。
清野 TnT の診断精度を確かめるため,1997 年,大学だけではなく,関連施設と共同研究(Tokyo Troponin T Trial:4T)をしました。 同時にどのようなアルゴリズムをもとにインターベンションを含む初期治療をするかについても調査をしました。 関連病院は必ずしも全施設が緊急インターベンションできないので,実際には半分の症例は直接近隣の CCU に搬送されました。
そのなか緊急搬送時の処置としてアスピリンやヘパリンが使われている症例は,アスピリンが 33%,ヘパリン静注は 17%でした。 ニトログリセリンのテープが約 30%の例で貼られていることがわかりました。 こうした全血迅速診断法が導入されれば,初期治療判断がより早くなり,アスピリンあるいはヘパリンを積極的に使う, そしてインターベンションができる施設により早く搬送できると思います。
石田 TnT の計測値は心筋梗塞サイズの推定に役立つのですか。
清野 初期値が高いと,梗塞サイズは大きい,そして,初期値が高い症例では予後が悪いという成績は多数発表されています。
経時的にみた場合,TnT では発症後 12〜16 時間と 96 時間ぐらいの 2 つのピークがあります。 第 1 のピークは Mb や H-FABP と同じように,細胞質可溶性分画に溶けているものが出てきており,いわゆる虚血危険領域を反映しているのだろうと考えられます。 第 2 のピークはミオシンが血中に出ていくように,梗塞に陥った梗塞領域をみていると考えていいのではないかと思います。 それで最適な治療が行われ,再灌流療法を含めて心筋がサルベージされれば,第 1 のピークが高くても,第 2 のピークが抑えられる,という仮説でわれわれは分析した成績を提示しております。 しかし,実際に第 2 のピーク,96 時間後に採血している施設はあまりないと思います。
百村 急性虚血の検出に関して生化学マーカーは非常に大きな力をもつと思いますが,石田先生,核医学における急性虚血の診断に関する最近の進歩についてはいかがでしょうか。
石田 わが国では,胸痛を訴え心筋梗塞が疑われるものの心電図所見が確定的でないという症例に対しては, いったん CCU に収容し,心筋逸脱酵素や TnT などの新しい生化学マーカーによって確定診断を行うというのが一般的であると思います。 しかし米国などでは,診断をよりスピードアップして CCU 入院を減らす努力が行われており, これは主として経済的な理由からだと思われますが,CCU の前段階の診断ユニットとして“Chest Pain Unit”が設けられているようです。 そこでは,生化学マーカーとともに心エコー図や心臓核医学検査(血流 SPECT)が導入されていると聞きます。 核医学では,タリウム(Tl)に代わって,院内で調剤が可能で緊急検査に対応できる99mTc 標識血流製剤(99mTc-MIBI, 99mTc-tetrofosmin)が普及してきています。 これを用いれば,調剤と撮像に要する時間を合わせて約 1 時間の範囲内で,心筋局所の血流欠損の存在に基づいて診断が可能であり, また虚血範囲を認識できることから,そのメリットは非常に大きいと思います。 TnT では診断までに約 6 時間を要するということで,こちらのほうがより早期に診断が可能です。 わが国でも適用される機会が増えることを期待しています。
また一方,わが国では,123I-BMIPP という心筋脂肪酸代謝イメージングが急性虚血の診断に適用されていることを付け加えたいと思います。 これは,院内調剤が困難であるため緊急検査として利用できませんが,急性梗塞が否定された症例でも不安定狭心症の可能性を考慮して発症後数日内に検査が行われ ,集積欠損の存在に基づいて急性虚血発症の事実が明らかにされます。 この方法は,虚血の“memory imaging”とも呼ばれ,虚血に曝露された心筋部の代謝異常が遷延化することを利用した方法です。
百村 日本ではそれを使える施設はもう出てきているのでしょうか。
石田 急性期に心筋血流 SPECT 検査を実施するには,撮像装置が緊急外来あるいは CCU の近傍に設置されていることが必要であり, 現在のところ検査が可能な施設は限られています。 しかし最近では,移動が可能な小型軽量のモバイル型半導体ガンマカメラが徐々に普及してきていますので, 急性梗塞診断への核医学の利用は大いに期待できます。
百村 心筋梗塞の核医学というと,まずピロリン酸シンチという時代もありましたが,最近は使われないのでしょうか。
石田 99mTc 標識ピロリン酸シンチグラフィーは,急性心筋梗塞イメージングとも呼ばれていますが, 梗塞部の陽性集積は発症後約 1 日から出現し約 1 週まで持続するということですので,超急性期の診断には適していません。 現在では,急性梗塞の診断がついた後に,再梗塞例など梗塞部位が特定できない症例に対して,主として部位診断を目的に利用されています。
清野 循環器救急の実際では,非 ST 上昇型の場合が問題になると思います。 この場合,Tl あるいは MIBI と BMIPP を組み合わせてもいいと思うのですが,壊死領域あるいは虚血領域を急性期にどれぐらい検出できるかが問題です。 TnT は顕微鏡レベルの心筋梗塞まで検出しますが,核医学的検査法ではいかがでしょうか。
石田 心電図診断が困難なものには,冠動脈末梢の閉塞で小梗塞であるという場合, 心電図のサイレントエリアである後壁の梗塞の場合,そして心内膜下梗塞の場合があると思います。 心筋血流 SPECT の分解能からすると,小梗塞ならびに心内膜下梗塞では診断できないケースがあると思います。 最近普及してきた心電図同期画像収集に基づく左室壁運動の観察を加えれば改善される可能性がありますが,これについてはまだ十分な検討がされていません。
清野 不安定狭心症の約 200 例について,レトロスペクティブに新しい診断基準で心筋梗塞に包括されたグループと, 不安定狭心症のままだったグループに分けて,Tl/BMIPP dual SPECT で欠損像がどれぐらいの割合で検出しているかを調べたことがあります。
不安定狭心症のままだったグループでも異常のあった症例が約 20%ありますが, 心筋梗塞に包括された群で,Tl シンチで欠損が捉えられた心筋梗塞は 36%,そして BMIPP で異常が認められたのは 60%ぐらいしかありませんでした。 レトロスペクティブな分析だから精度は議論できないかもしれませんが,dual SPECT でも限界があると思いました。
石田 再灌流療法前に実施した心筋血流 SPECT での急性梗塞診断は, 梗塞責任冠血管の灌流領域が非常に小さい場合を除いてかなり精度が高いと考えられています。 しかし,不安定狭心症の場合は,安静時で行う心筋血流 SPECT 検査には診断能に限界があります。 心電図同期収集による左室壁運動の観察を加えれば診断能が向上すると考えられますが。 また123I-BMIPP を用いる場合では,超急性期には集積欠損が観察されないという報告があり, 発症数日後のほうが撮像タイミングとして妥当と考えられています。 先生の成績で急性梗塞での血流 SPECT の診断能が低いのは,小梗塞が多かったからでしょうか。
清野 いずれの症例も経時的に測定した CK や CK-MB はピークが正常上限値の 2 倍以下であり,再定義により包括された心筋梗塞症例です。
百村 エコーにはかなり限界がありますが,簡便性ということに関しては,急性期でもエコーが非常に重要だと思いますが。
前原 石田先生が,エコーの動きの異常がみられるとおっしゃいましたが,QMI で ST も上昇している貫壁性の梗塞でしたら, 壁運動異常の検出率は高率であり,100%異常がみえるという文献もあります。 一方,心内膜下梗塞であれば 1/3 は正常の壁運動を示すといわれています。 エコーは壁運動異常として視覚的に捉えられる一定のレベルがある,まずその点で限界があります。
最近のトピックスであるコントラストエコー法は,慢性虚血を対象としている報告が多いのですが, 原理を考えれば,それは血流のトレーサーであり,急性期の虚血の評価に役立つはずです。
ポータブルの SPECT のように,CCU で灌流をみて,壁運動をみて,灌流も壁運動も低下しており,壁厚が保たれていれば, そこは今まさに虚血に陥っている場所ということができるかもしれません。
経胸壁エコーに関していえば,最近,左前下行枝(LAD)の #6〜7 の血流がドップラーエコーでかなりよくわかると報告されています。 慢性虚血においてジピリダモールやアデノシンを使って CFR を求めるのですが,90%以上の狭窄があれば, 安静時でも血流は落ちますから CFR の異常として描出できます。
石田 次に治療との関係からはどうでしょうか。 心電図,心エコー図,核医学検査などからは断定できなかった症例でも, TnT が上昇しているという事実に基づいて,冠血管形成術(PCI)などの治療を前提として,緊急冠動脈造影(CAG)の実施に速やかに移るということになるのでしょうか。
清野 欧米では従来,CAG の前に虚血に対する治療,ヘパリンや,血栓溶解療法などを実施しなくてはいけないといわれていました。 それでも治療抵抗性の場合には当然 CAG になって,必要があれば PCI になります。
日本ではまず PCI を行う施設が多いのですが,救急車に搬入する前にヘパリンを投与することなどももっと積極的に実施されるべきではないかと思います。
石田 治療法を決定する際に,心エコー図や心筋血流 SPECT 像で評価できる虚血領域の広さ,機能障害の強さなどの情報は活かされるのでしょうか。
清野 心エコーはほとんどの施設で実施できる状況と思います。 心エコーを行うことによって梗塞部位とその広がりを確認する。 それと,生化学的なマーカーの落し穴として,機械的な合併症,例えば差し迫った心破裂などは判断できないので, 病状,経過,理学所見などから疑わしい場合には,心エコーでみなくてはいけないという状況があります。
百村 判別しないといけないものとして心筋炎があります。心筋炎は例えば TnT も H-FABP も上がると思いますが,そのへんの鑑別に関してはどうでしょうか。
清野 これらのマーカーの遊出動態を経時的にみていくと,心筋炎は急性心筋梗塞とはずいぶん異なっています。 CK-MB も TnT もそうですが,高値が遷延します。しかしまず先行する感冒症状がないか, 年齢,危険因子の背景,そのへんのところがポイントではないかと思います。