■治療学・座談会■
アディポネクチンの現状と未来
出席者(発言順)
(司会)黒川 峰夫 氏(東京大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学)
清井  仁 氏(名古屋大学医学部附属病院難治感染症部)
木村 晋也 氏(佐賀大学医学部医学科内科学講座血液・呼吸器・腫瘍内科)
山下 卓也 氏(がん・感染症センター都立駒込病院血液内科)

白血病の診断・治療

■強力な治療薬の増加と新しい診断基準

黒川 本日は,『白血病診療の新たな展開』というテーマで,各領域のご専門の先生方にお集まりいただきました。 日本では,慢性骨髄性白血病と急性骨髄性白血病が大部分を占めています。慢性骨髄性白血病は健康診断などで発見されることが多いですが, 急性白血病は,貧血,発熱,出血傾向など種々の症状が現れますので,患者さん自身が自覚症状から受診されます。 その後,血液専門医に紹介していただくことになりますので,白血病では,専門医への受け渡し,連携は大事なことではないかと思います。

 本日は,日本でみられる白血病に焦点をしぼって,その治療がどういう状況にあるかをお話しいただきたいと思います。

■急性骨髄性白血病(AML)

黒川 急性白血病の治療について,清井仁先生に口火を切っていただきたいと思います。

清井 急性白血病は,急性骨髄性白血病(AML)と急性リンパ性白血病(ALL)の 2 つに大きく分けられ,それらの治療法はまったく異なっています。 したがって,骨髄性か,リンパ性かの鑑別診断は,非常に重要です。

 一般的に,両者の鑑別はペルオキシダーゼ染色などにより形態学的に診断できますが,必ずしも形態学だけでは十分でないこともあります。 表面抗原や,病型特異的な染色体異常の有無などに基づき,より診断を確固たるものにしていくことが大事ではないかと思います。 そのうえで,個々の病型,予後の層別化因子を組み合わせ,適切な治療に導いていくことが必要です。 現実的には,層別化に重要だとされる遺伝子変異が,一般臨床レベルでは必ずしもルーチンワークとして実施できるわけではないことが,現在の問題点のひとつではないかと思います。

黒川 AML の治療で,留意すべき病型や,特徴的な病型について,お話しいただけますか。

清井 AML の治療で特別なものは,急性前骨髄球性白血病(APL)しかありません。それ以外は,基本的に標準的な寛解導入療法を行うことになります。 まず,APLを確実に診断することが重要です。APL は DIC が特徴ですが,形態学的には variant type や急性骨髄単球性白血病との鑑別が困難な場合があります。 したがって,形態学的診断だけではなくて,染色体検査あるいはFISH 法,PCR 法などによって RARA 遺伝子の転座を証明し,適切に診断していくことが重要だと思います。

黒川 APL については,どういう治療が組み立てられますか。

清井 APL は PML 遺伝子とレチノイン酸受容体α,PML/RARA の相互転座によって引き起こされる病気です。 特異的なオールトランスレチノイン酸(all−transretinoic acid:ATRA)を用いた化学療法の導入により,飛躍的に治療成績が向上しました。 1988 年,上海グループのワン先生たちが最初に報告され,その驚くべき成績を日本でも追試しています。 最も新しい日本のデータでは,JALSGの APL97 の結果が出ています。ATRA 導入以前の APL の寛解導入率は 70〜80%,5 年生存率が 40〜50%でした。 APL97 の成績では,寛解導入率は90%近くになり,5 年生存率も 60〜70%と,飛躍的に向上しています。

 現在 APL に対しては ATRA を併用した化学療法が標準的治療となっていますが,亜砒酸の有効性も報告されています。 日本ではまだ「再発難治例」という使用上の制限がありますが,亜砒酸を組み入れた地固め療法によって, ハイリスクAPL に対する治療成績の向上が得られると報告されています。 治療薬剤の工夫により,治療成績がますます向上しうる疾患ではないかと思います。

■急性リンパ性白血病(ALL)

黒川 ALL についてはどうでしょうか。

清井 フィラデルフィア染色体陽性(Ph+)の ALL 以外には,飛躍的な進歩が得られていません。 これは,優れた治療成績が得られている小児ALL と対照的な結果です。 近年,小児 ALL に対して行われる dose intensity を高めた治療を若年成人にも行ってみると,通常,成人に対して行われる標準的治療法よりも良好な治療成績が得られると報告されています。 今後,dose intensity の見直しや,L−アスパラギナーゼの使用法の工夫により,成人 ALL の治療成績の向上が期待されています。

■慢性骨髄性白血病

黒川 慢性骨髄性白血病(CML)の治療に関して,木村晋也先生,お話しいただけますでしょうか。

木村 フィラデルフィア(Ph)染色体の異常は,9 番と 22 番の染色体の相互転座によって起こります。 Ph+白血病は,本来,人間がもっていないbcr/abl 融合遺伝子ができて起こる白血病で,CML と Ph+急性リンパ性白血病(ALL)の 2 種類あります。

 CML に関しては,ABL 阻害薬,メシル酸イマチニブが出る前は,ほとんどの CML 患者が 7 年以内に死亡されました。 それが,イマチニブが出てから,健診により慢性期初期で発見されたような場合には,20年後も大半の人がごく普通に生存しておられるだろうと予想されています。それほど劇的な変化が起こりました。

 2009 年 3 月,日本でイマチニブをさらに強力にしたもの,約 300 倍 ABL への親和性を高めたダサチニブなどの第 2 世代が出て,さらに治療成績が向上しています。 いまやイマチニブ時代から,ポストイマチニブ時代へと移行しつつあります。

 米国では,ニロチニブおよびダサチニブはすでに第一選択薬としての承認が最近おりています。 日本でも第 2 世代がファーストラインとして申請されている状態で,日本でも早々に使用可能な治療になると思われます。

 なぜ第 2 世代のファーストラインがいるのか。それは,より早くより深い寛解を導入できれば患者の予後をより改善できることが,明らかになっているからです。 当然,CMLでも同様に考えられています。これは,CML に関しては,延命という段階ではなく,治癒,つまり薬が不要になるところまでが視野に入ったポストイマチニブ時代が到来したことを示しています。

 Ph+ALL に関しては,残念ながら CML ほどのインパクトがある薬にはなっていません。 ただ,それまで白血病のなかでも最も予後の悪い病型であったPh+ALL が,イマチニブが出てから,少なくとも移植までの数か月,寛解を保つことのできる window 期間が得られるようにはなっています。

 実臨床としては,薬剤だけで Ph+ALL を治すのはまだ難しいと思いますが, イマチニブあるいは第 2 世代の ABL 阻害薬,ダサチニブを使って寛解を導入し,移植までつなぐ薬剤としては非常に有望であることがわかっています。

 さらに最近,Ph+ALL でダサチニブを使った患者のなかに顆粒大リンパ球(large granular lymphocyte:LGL)が数十%まで増える人がおられます。 こういう人については,Ph+ALLでも細胞遺伝学的完全寛解(complete cytogenetic response:CCyR)が早期に得られる症例があるので, 上手に使用すれば,薬物療法による治癒も視野に入る可能性があると期待しています。

黒川 CML に対しては,第 2 世代の薬剤が出て,治療成績が向上していますが,Ph+ALL については,さまざまな治療を併用することにより治療成績の向上が期待されています。

■難治例

黒川 山下卓也先生,移植についてはいかがでしょうか。

山下 造血幹細胞移植は,1970 年代ころから臨床に導入され,現在では白血病をはじめとする血液悪性疾患に対する完治をめざした治療法として確立しています。 たとえば,チロシンキナーゼ阻害薬が出る前は,CMLは造血幹細胞移植の最も良い適応疾患であって,可能なかぎり早期に移植を行うという状況でした。

 しかし,造血幹細胞移植は,完治はめざせますが,同時に,高率に重症の移植治療関連合併症を伴います。 以前は,この危険性はある程度やむをえないものだと考えられていましたが,化学療法や分子標的薬剤などのより安全な治療法が出てくると,それに伴って移植治療の適応は変化するべきだろうと思います。

 急性白血病に対しては,一定の確率で治癒が得られる治療法であり,全例が移植治療の適応になるわけではありません。 化学療法では治癒が望めない,または治療成績が悪い群に対し適応があると思います。

 たとえば,AML については,予後を規定する因子がある程度わかっています。それらによって予後不良群は,比較的早期に造血幹細胞移植の適応になると考えられます。 逆に化学療法の予後良好群は,造血幹細胞移植はあまり適応ではなく,それが難治性と判断された時点で移植適応になるという治療戦略が確立されていると思っています。

黒川 CML では移植数そのものは減っているかもしれませんが,進行した病期の場合には CML も造血幹細胞移植の適応になりますね。

山下 そうですね。

黒川 Ph+ALL では,いかがでしょうか。

山下 Ph+ALL は現在でも移植適応となる疾患と認識されていると思います。

 一方,Ph−ALL は近年,移植の適応の判断が難しくなっているところがあるかもしれません。 年齢など,予後を規定する因子に従って,第一寛解期で造血幹細胞移植の適応となる群もあるでしょうし, 化学療法で良好な成績が得られるほうに分類される群については,セカンドライン以降の治療として造血幹細胞移植を位置付けるべきだと思っています。

■高齢者の白血病

黒川 難治例と相通ずると思いますが,最近,高齢者の白血病もしばしば遭遇することがあって,大事な問題だと思います。高齢者の白血病についてはいかがでしょうか。

清井 難しい問題ですが重要な課題でもあります。高齢化社会において,日本の急性白血病の年齢中央値は 60 歳を超えています。 われわれが,臨床試験の対象とするような,治癒をめざした強力な化学療法の対象となるのは65 歳までです。 そういう対象から得られたエビデンスで標準的治療を行っているわけですから,実は急性白血病患者の半数しかエビデンスがありません。 当然,高齢者の方に対しては,治療のコンセンサスはなく,その時点で使用できる治療薬によって,どこまで積極的に治療できるかが変わってくると思います。

 高齢者の APL に対しては,化学療法の用量を落とすにしても,ATRA の使用によって積極的に治癒をめざす治療ができます。 高齢者の方でもチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)を組み合わせることにより,Ph+ALL や CML に対してこれまで以上に積極的な治療ができます。

 ただ,高齢者といっても一概に均一化することはできないので,臓器機能などによって適応を慎重に判断する必要があります。

 スウェーデンからの報告では,高齢者の白血病に対し,強力な,アントラサイクリン系薬剤を含むような積極的な化学療法を行った場合と, low−dose Ara−C やハイドロキシウレアなどを用いた治療を比較したところ,積極的に治療を行ったほうが,予後は明らかに良好とされています。 ただ,効果があるのは事実ですが,安全にできるかどうかを見きわめ,対象にすることが重要になるかと思います。

黒川 移植という観点からは,高齢者の白血病はいかがでしょうか。

山下 同種造血幹細胞移植は治療関連合併症が高い確率で起きるという前提のもとで開始されました。 当初は,適応の年齢上限は 45 歳から 50歳とされていました。1990 年代後半から,イスラエルや M. D. Anderson 病院で,ミニ移植と言われている前治療を工夫した移植が開発されたことによって, 適応年齢が拡大しています。

 一方,高齢者の白血病に対する化学療法はかなり難しくて, 若年層に比べて寛解率も低いことを考えると,寛解に入りにくい白血病, 寛解期間が長期で得られにくい高齢者の白血病に対する同種造血幹細胞移植は,実臨床では大きな意義を占めるようになってきました。

 さらに,同種造血幹細胞移植の特徴として,同種免疫反応が白血病を治癒に導く機序に関わることがわかってきました。これは移植治療の大きなメリットのひとつではないかと思います。

黒川 高齢者では,移植の適応を徐々に拡大しようという部分と,慎重にするべき部分がありますが,最近の傾向はどうでしょうか。

山下 従来は年齢だけで適応を決めていたと思いますが,高齢者とい っても患者によって全身状態は非常に多岐にわたります。 個々の患者の状態を評価したうえで,合併症が高頻度に起きる治療に耐えられるかどうか,耐えられる方のなかでも, なおかつその治療に対して理解を得られる方は移植治療の対象となります。必ずしも年齢だけで移植適応を判断するわけではないという方向になってきています。

木村 追加するとすれば,個人の哲学が,特に高齢者になればなるほど関係すると思います。 高齢者に対し,私たちが若年者ほどの成績がまだ出せないので,ご本人の考え方をじっくりと聞き,死生観,どのように死んでいくかということを一緒に考え, ご本人が納得された治療を行うことが最も重要かと思います。単にサイエンスではなく,患者さんとの対話が,高齢者になればなるほど重要になると考えています。

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