■治療学・座談会■
抗体療法がもたらしたインパクトと今後の課題
出席者(発言順)
(司会)竹内 勤 氏(慶應義塾大学医学部リウマチ内科)
山中 寿 氏(東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター)
西本憲弘 氏(和歌山県立医科大学免疫制御学講座)
渡辺 守 氏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科消化器病態学)

竹内 抗体療法は近年,医療・医学の領域で注目を浴びており,特に炎症性疾患に対する抗体療法が大きく取りあげられています。本日は,代表的な炎症性疾患であるリウマチ性疾患と炎症性腸疾患について,エキスパートの先生方に,お話を伺いたいと思います。

TNF 標的製剤のインパクト

■関節リウマチに対する効果

竹内 歴史的に最も早く研究が進んでいたのが炎症性サイトカインに対する抗体療法で,なかでも腫瘍壊死因子(TNF),インターロイキン(IL)−1,IL−6 が主要な標的でした。まず,TNF 標的製剤について,関節リウマチ(RA)に対し,どのような効果があったのか,お話しいただきます。山中寿先生,口火を切っていただけますか。

山中 RA の治療がここ 10 年間で劇的に進歩したと言われています。なかでも最大の影響をもたらしたのが TNF 阻害療法で,抗体あるいは受容体蛋白を用いた抗サイトカイン療法として応用されました。RA の病態は,1990 年代から研究成果が現れ,どのような分子が RA の炎症を惹起し,骨破壊を起こすのかが明らかになりましたが,それに対する直接的なアプローチ,方法論がありませんでした。メトトレキサート(MTX)を含めて,抗リウマチ薬は 1 つの分子を目的にしてつくられたものではありません。結果的に有効性が認められたにすぎず,その意味では,発展途上だと言えます。

 ところが,バイオエンジニアリングによって抗体や受容体蛋白がつくられるようになり,病態を悪化させる原因分子を直接的に抑えることができました。その最初の試みである TNF 阻害で成功を収めたので,RA の病態までがわかりやすくなりました。

竹内 効果はどの程度だったのでしょうか。

山中 副腎皮質ステロイド薬が世に出た時には,臨床症状はすべてステロイド薬で抑えられると期待されました。次に抗リウマチ薬が現れ,臨床症状をかなり抑えました。MTX で骨破壊の進行をある程度遅延できました。しかし,どの治療薬でも活動性の高いリウマチ患者では骨関節破壊を防止することはできませんでした。ところが,インフリキシマブやエタネルセプトは骨関節破壊を抑制しました。場合によっては完ぺきに抑え,進行を止めてしまうことさえありました。さらには,心血管疾患を減らし生命予後を改善させる可能性まで議論されるようになりました。

 つまり,TNF 標的製剤の開発は,RA 治療の unmet needs である,それまでは治療できなかった重篤な RA 患者を改善させる手段を,リウマチ医が手にしたと言え,大きな意義があります。

竹内 IL−6 を含め,炎症性サイトカインの抑制がこれほど有効とは,考えられていませんでしたね。

山中 そうですね。RA の病態では広範な免疫ネットワークに異常をきたしているので,1 つの分子を抑制しても無効ではないかと思われていました。結局,サイトカインにはカスケードがあり,それが有機的に働いていることが逆に証明されたような印象があります。

竹内 西本憲弘先生,いかがでしょうか。

西本 私は,単純なカスケードではなく,複数のサイトカインがネットワークを形成して相互に調節していると考えています。一見,TNF が上流にあり IL−6 は下流にありますが,マウスでは,IL−6 が自己免疫反応に重要な役割を果たしている Th17 細胞の分化に関わっているなど,上流の制御をしている可能性が考えられます。疾患では,サイトカインのネットワークが常に悪循環になっているように思います。TNF 阻害薬や IL−6 阻害薬は,その悪循環を断っているのではないでしょうか。

竹内 RA の病態にはサイトカイン産生の悪循環があって,TNF や IL−6 が,そのどこかを埋めているということなのですね。

西本 それで,TNF の阻害も,IL−6 の阻害でも,同様な効果が出ると考えています。また,IL−1 レセプターアンタゴニストは少し弱いですが,それでもある程度の効果があります。IL−15 の阻害も同様です。どのサイトカインを遮断しても,それなりの効果が出るのは,まさにそういうことを示していると思います。

■クローン病に対する効果

竹内 渡辺守先生,クローン病に対して,抗 TNF−α抗体製剤はいかがでしょうか。

渡辺 抗 TNF−α抗体のインフリキシマブはもともとクローン病で最初に使われました。RA の関節腔とは異なり,腸は免疫細胞が非常に多く,また,常に食事抗原,ウイルス,細菌抗原に曝露されていますので,免疫過剰状態が起きやすい組織です。免疫の 1 つの標的分子を抑えても効かないだろうと,私自身は考えていました。でも,実際に TNF−αという 1 つのサイトカインを阻害したら,たいへん効果があって驚いたのです。

 RA に効果があるフリーの TNF を阻害するエタネルセプトは効果がなかったことから,クローン病で考えられていたインフリキシマブが有効な機序は,膜型の TNF−αに結合して,TNF−αを含めた炎症性サイトカインを産生する,活性化したマクロファージを殺して除去するというものでした。現在は否定的かもしれませんが,そう言われたくらい,特別な効果があったと言えます。

竹内 膜に TNF−αを発現している細胞を除いて,産生レベルを落とす,その細胞そのものをなくしてしまうことが重要になるわけですね。

渡辺 腸管で常に刺激されているマクロファージが一時殺されたからといって,また産生されますから,効果が長期間継続することが説明できないので,いまだ機序は不明であると言えます。

 有効性に関して追加すると,欧米の最初のスタディでは難治例の 70%程度の患者に効いていました。最近,日本で厚生労働省の班会議でアンケートをとったところ,89%の患者に有効でした。

 それから,インフリキシマブの維持療法を行うようになってからの最近の 5 年間,MEDLINE と,米国消化器病週間と EU 消化器病週間の症例報告など,単施設コホートを集めて検討してみると,全部で 5000 人ほどになりましたが,結果はまったく同じで,89%に有効だというデータが出されています。したがって,以前の予想より,有効率が高いことが明らかになっています。

 クローン病は 30 年間,ほとんど同じ治療が行われていました。30 年ぶりに出た新薬がインフリキシマブで,薬剤の 1 つが効いたという意味以上に,劇的に治療に対する考え方を変化させました。

■免疫抑制薬との併用

竹内 クローン病には,初期治療からインフリキシマブが適応になっているのですか。

渡辺 難治性やすでに手術を受けている患者に限っては,特に日本では,Top−down monotherapy という治療が,世界にないかたちで行われています。

竹内 クローン病治療がリウマチと異なるのは,生物学的製剤が monotherapy,単剤で使われていることです。リウマチ治療では,免疫抑制薬の MTX との併用が必須になっています。

渡辺 欧米では,免疫調節薬のアザチオプリンとメルカプトプリンがほとんど併用されています。一方日本では,半数以上の患者が免疫調節薬が使われていません。その理由は,プリン代謝産物に関して,代謝活性の悪い患者が,欧米では 4%程度なのに対し,日本では 20〜30%を占めていて,白血球の減少などの副作用が多くみられるからです。それで,以前から使用されていなかったのです。

西本 MTX やアザチオプリンを併用しない状態で,インフリキシマブに対する抗体の出現率はどのくらいなのでしょうか。

渡辺 やはり高いです。最近,インフリキシマブ単独とインフリキシマブ+アザチオプリンの併用の比較という大規模スタディが行われ,2009 年に結果が出ました。併用群のほうが有意に治療効果は高く,しかも抗体産生は少ないという結果となりました。

竹内 クローン病には,インフリキシマブが適応となっています。また,エタネルセプトには効果がなく,certolizumab には効果があったのですね。

渡辺 日本でも certolizumab とアダリムマブに関しては治験で有効性が示され,承認を待っているところです。

山中 エタネルセプトは,リウマチ治療では,MTX との併用のほうが有効率は高いですが,単剤でも効果は認められています。もちろん,アダリムマブ,エタネルセプトは両方とも,単剤でもそれなりには有効です。

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