■治療学・座談会■
COPD 診療の現状と展望
出席者(発言順)
(司会)三嶋理晃 氏(京都大学大学院医学研究科呼吸器内科学)
長瀬隆英 氏(東京大学大学院医学系研究科呼吸器内科学)
木村 弘 氏(奈良県立医科大学内科学第二講座)
藤本圭作 氏(信州大学医学部保健学科)

病態

■全身性疾患である

三嶋 この数年間,COPD(慢性閉塞性肺疾患)においては,薬物やリハビリテーションなど, 包括的な治療法が進歩し,これを受けて,日本呼吸器学会は「COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン第 3 版」(COPD ガイドライン第 3 版)を 2009 年 7 月に上梓する予定です。 本日は,呼吸器領域で活躍されている先生方にお集まりいただき,「COPD 診療の現状と展望」というテーマで,お話をうかがいます。

 まず,COPD とはどういうものかについて,長瀬隆英先生,ご説明くださいますか。

長瀬 COPD については,国際的には GOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)のガイドラインが, 国内のものとしては日本呼吸器学会による COPD ガイドラインがあります。 どちらのガイドラインでも COPD は,基本的にたばこ煙など有害物質の吸入による進行性の気流障害と定義されています。 また,GOLD ガイドラインには,COPD は予防と治療が可能な疾患であると述べられています。 それは,日本呼吸器学会「COPD 診断と治療のためのガイドライン第 3 版」にも反映されています。

三嶋 最近,COPD は全身性疾患であると言われますが,木村弘先生,いかがでしょうか。

木村 COPD が全身性疾患だとされるのは,安定期であっても, C 反応性蛋白(CRP)や腫瘍壊死因子(TNF)−αなどの血中濃度が上昇している患者が多いこと, 喀痰や呼気凝縮液で認められる 8−イソプロスタンのような酸化ストレスマーカーが血中にも検出されることなど, 肺局所に限らず全身性に炎症が波及していることを示唆する所見が認められるからです。

 また,全身性疾患の表現形のひとつとして「痩せ」があげられます。痩せが強い, または進行している人では,単球マクロファージからの炎症性サイトカインの産生能が亢進しているという報告があります。 また痩せは,筋蛋白量の減少や骨格筋障害としての骨粗鬆症にもつながります。 循環器系疾患も重要な全身性炎症のひとつで,2009 年の American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine(AJRCCM)誌に報告された岩本博志先生らの研究成果は, COPD は動脈硬化の独立した危険因子と考えられるというインパクトのあるものです(AJRCCM 2009;179:35−40)。 気流閉塞の有無により同年齢の同程度の喫煙者どうしを比較し,気流閉塞のある人は,動脈硬化の指標である頸動脈内膜中膜肥厚度が顕著であったという報告です。 背景因子を取り去っても,喫煙,COPD の合併により動脈硬化が進行しうるということでした。 この報告は,COPD 自体が動脈硬化というプロセスを経て各種の循環器系疾患と関連していることを表しており,意義深いものと思われます。

三嶋 喫煙とは独立して,COPD 自体が身体に悪さをするということですね。

■気流閉塞の可逆性に乏しい

三嶋 診断で頭を悩ますのは喘息との鑑別で,これは古くて新しい問題です。藤本圭作先生,どう考えたらよいでしょうか。

藤本 喘息も COPD も,「息を吸えるけれど吐けない」という呼吸障害を起こす疾患です。 鑑別ポイントのひとつは,「息を吐けない」という症状が,COPD では正常に戻らないのに対し,喘息は発作がなければほぼ正常になることです。 つまり,気流閉塞に可逆性があるのが喘息で,乏しいのが COPD と言えます。 もう 1 つは,どちらも慢性の炎症性疾患ですが,喘息ではアレルギーと関連する好酸球が関与し,COPD には好中球が病態の特徴を担っています。 実際には,呼吸機能障害の可逆性や症状変動の大きさと頻度,喫煙歴の有無が鑑別に重要で,特に夜間にゼーゼー苦しくなるのは喘息で,労作時に息切れがあり, 安静にて改善するのは COPD といった症状から,鑑別は可能と思います。

 ところが,喘息もコントロール不良の罹患期間が長くなると,リモデリングをきたし,COPD との鑑別が難しくなります。 CT 所見で肺気腫の病変があれば COPD の存在がわかりますが,気腫性の病変を発現しない COPD では,リモデリングをきたした喘息と鑑別するのは困難です。 ただし,喀痰中の好酸球を調べることは鑑別に有用で,喘息では多く,COPD では少ないです。 また,一般にはまだ普及していませんが,呼気中の一酸化窒素の計測も有用です。喘息では高く,COPD では高くなりません。 しかしながら,COPD に喘息が合併することもあるので,吸入ステロイド薬に対する反応性などから判断して,治療的な診断にならざるをえないこともあります。

長瀬 日常診療では,特に病歴,喫煙歴,発症時期などを重視します。 喫煙歴があれば COPD を考え,幼少期からエピソードがあれば喘息も考えたほうがよいです。 ただし,喘息をベースとして COPD を発症する患者もいるので,どちらか峻別するより,柔軟なみかたで対処するのが臨床的にはよいと考えています。

■肺年齢と実年齢の乖離が大きい

三嶋 “肺年齢”という用語が,日本呼吸器学会などによって盛んに使用されています。肺年齢について,ご説明ください。

長瀬 呼吸機能は,年齢とともに確実に低下すると言われています。 呼吸機能は約 25 歳でピークに達し,その後,経年的に低下していきます。特に代表的な指標である 1 秒量(FEV1)は経年的に確実に減少するので, 年齢と身長・体重から,該当年齢における予測値を算出できます。 それで,実測値から逆に予測年齢,つまり肺年齢がわかります。 実際の年齢よりも肺年齢がはるかに上であれば,たとえば 40 歳の人の肺年齢が 70 歳となれば,呼吸機能が急速に低下していると想定できます。 こういう人は COPD の予備軍,あるいは COPD と診断できるかもしれません。

 他の領域では骨年齢や血管年齢といった用語が用いられ,スクリーニングに利用されています。 呼吸器領域でも肺年齢を示し,潜在的な COPD を発見できるという点で画期的です。

三嶋 肺年齢という用語は,一般の人にも理解されやすいようです。未治療の COPD 患者を発見する契機となれば意義がありますね。

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