■治療学・座談会■
病態変遷に即した脳卒中の治療・予防
出席者(発言順)
内山真一郎 氏(東京女子医科大学医学部神経内科学)
木村和美 氏(川崎医科大学脳卒中医学教室)
小林祥泰 氏(島根大学医学部附属病院)
岡田 靖 氏(国立病院機構九州医療センター脳血管神経内科)

高齢社会への対応

■心原性脳塞栓症の予防

内山 昨今,脳卒中の危険因子が明らかになりつつあり,その対応が急務とされています。 最近の疫学動向や危険因子の管理などを把握するために,日本脳卒中協会が「脳卒中データバンク」を運営し,小林先生が創始者です。 どのようなことが明らかになってきましたか。

小林 脳卒中で最も変化した病型は,人口の高齢化に伴って増加した心原性脳塞栓症です。 この疾患の原因は,以前は弁膜症性の心房細動でしたが,現在は非弁膜症性です。 これは明らかに加齢とともに増加し,長寿国における顕著な傾向となっています。 しかも男性でかなり増えていて,久山町研究や国内外の研究,そして脳卒中データバンクでも一致している結果です。

木村 倉敷市で 2006 年に医師会と保健所が組んで,40 歳以上の健康成人 4 万人の心電図データを集めたところ, 1.6%が心房細動患者であることがわかりました。80 歳を超えると倍の 3.3%となり,どの年齢でも男性のほうが多いという結果でした。 このデータから計算すると,倉敷市は人口 47 万人なので,潜在的な心房細動患者が約 2500 人となり, 年間 5%を脳梗塞発症率とすると 200 人近くが心原性脳塞栓症を発症するという予測になります。実際の臨床でも,そのような印象を受けています。

小林 わが国では,高齢者の増加により心原性脳塞栓症は今後も増える可能性があります。 また,心原性脳塞栓症は重症例が多く,寝たきり人口の増加も予想されています。 これまでは高血圧,糖尿病などが脳卒中のリスクとされてきましたが,心原性脳塞栓症をどのように予防していくか,これは今後の脳卒中対策で最大の問題になると思います。

■高齢女性に対する啓発

内山 心原性脳塞栓症だけでなく,心房細動そのもののリスクに関しても,まだ研究が必要です。 メタボリックシンドロームや CKD(慢性腎臓病)などが危険因子としてあげられますが,いかがでしょうか。

岡田 久山町研究の集団健診結果では,1961 年の第一次集団に比べて 1988 年の第三次集団では,高血圧の合併頻度は下がっています。 一方,耐糖能異常や肥満,高コレステロール血症が非常に増加しています。九州医療センターでは最近,脳卒中に占める女性の頻度が高くなり,かつて 2 対 1 程度だった男女比が,現状では 6 対 4 あるいは 55 対 45 となっています。

 急性期の入院患者では,肥満傾向の女性が非常に増えています。かつての脳卒中のイメージは“男性が,高血圧を放置し,大酒を飲んで脳出血を起こす”でしたが, 長寿の影響もあり,女性にも注意を喚起する必要があります。

内山 世界的にもそういう傾向がいわれています。特に女性の場合,閉経期を過ぎると急激に血糖値やコレステロール値が上昇し, 一気に男性のリスクに近づきます。男性は勤務先の定期健診などで管理されていますが,働く女性が増えているとはいえ,まだ地域の健診なども十分ではありません。 入院して初めて糖尿病や脂質異常症の罹患がわかることが多いことも,最近の特徴です。

■適切な抗血栓療法の実施

内山 変化している病型に対して,抗血栓療法の効果など,ガイドラインと臨床との整合性はいかがでしょうか。

木村 心原性であれば,抗凝固薬であるワルファリンを使い,非心原性であれば抗血小板薬を投与することが一般的です。 私たちの研究では,脳出血患者で 4 人に 1 人は抗血栓薬を投与されていて,服用者は血腫が大きく死亡率も有意に高いというデータが出ています。 よく調べてみると,約 4 人に 1 人は抗血栓薬の適応がそれほどないにもかかわらず処方されているようです。

実は,脳梗塞の一次予防として無症候性の患者に安易に投与して,逆に脳出血を増やしているのではないかという危惧ももっています。

内山 最近,脳ドックが非常に普及し,無症候性脳梗塞や頸動脈病変をみとめる人も増えています。 以前から,小林先生はその危険性について指摘されていらっしゃいますね。

小林 脳ドックの所見で無症候性脳梗塞と診断された患者で,次に起こりうるのは脳梗塞だけではありません。 脳出血の発生例に無症候性脳梗塞が 2/3 以上あるというデータもあり,他のリスクがない患者への抗血小板薬投与はむしろ悪影響を与える可能性もあります。

 脳卒中データバンクで高血圧性脳出血例をみると,抗血小板薬とワルファリンの服用者は非服用者と比べて死亡率がおよそ 4 倍になっており,抗血小板薬単独でも 2 倍というデータもあります。

岡田 FLAIR 画像を加えた診断を日本脳ドック学会でも推奨しています。 しかし,実際の現場では T2強調画像のみで診断され,みとめられた無症候性の白質病変に対して抗血小板薬を投与されていることも多いようです。 また,頸動脈エコーで検出した 2 mm 程度のプラークに対しても抗血小板療法が行われているケースをみかけます。 合併例では,エビデンスがあり,一次予防としての使用もよいと思いますが,専門的な意見をまとめて,特に抗血小板薬の過剰使用を抑制していく必要があるかと思います。

内山 そういう意味でも,虚血と出血,両イベントのリスクの層別化は非常に重要になります。 リスクを個々に評価して,抗血栓療法の適応を決めていくべきです。

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