■治療学・座談会■
社交不安障害への対応―プライマリケア医を中心に―
出席者(発言順)
(司会) 村上正人 氏(日本大学医学部附属板橋病院 心療内科)
熊野宏昭 氏(東京大学大学院医学系研究科 ストレス防御・心身医学)
藤田之彦 氏(日本大学医学部附属板橋病院 小児科)
多田幸司 氏(神保町メンタルクリニック)

村上 本日は,social anxiety disorder(SAD)(2008 年 5 月に,社会不安障害から社交不安障害に変更される)の概念, そしてその対処法について,お話をうかがいたいと思います。 これまでは性格だと思われてきた対人緊張や対人恐怖などが,現在では SAD という疾患概念として確立され,薬物療法も可能になっています。

 欧米では 10〜15%の人たちに発症すると言われていて,頻度としては少なくありません。いろいろな不安障害がありますが, そのなかで最も多いのがSAD だという統計もあります。

 SAD の患者さんの多くはさまざまな身体症状を訴えて,プライマリケアの先生方を受診されます。 初診で精神科,心療内科に来られる患者さんは少なく,そういった意味でも,SAD の知識は,一般のプライマリケアの先生方にも必須といえます。

求められる疾患概念の普及

■患者の訴える症状

1 心療内科の立場から

村上 それでは,熊野宏昭先生,患者さんはどのような症状を訴えられるのでしょうか。

熊野 患者さんによって違いはありますが,動悸,吐き気,頻尿や尿閉,多汗,手の震えなど, そういった症状を訴えられる方が多いように思います。

 症状だけを聞いていますと,何か自律神経の異常や,身体の病気だと考えやすいのですが,少し注意深くお話を聞いていると, 訴え方から不安や緊張が強いなという印象を受けます。 そういう場合には「あなたはかなりあがり症のほうですか」と聞いてみます。「そうです」という答えが返ってきたら, SAD を想定するとよいのではないかと思っています。

村上 そういった症状は,どのような場面で生じてくることが多いのでしょうか。

熊野 他人から注目される場面ですね。自分 1 人だったら大丈夫でも, 他人から見られている,あるいは評価されるのではないかというような場面に多いです。

2 小児科の立場から

村上 藤田之彦先生,小児の場合にはどのような症状で受診することが多いのでしょうか。

藤田 やはり学校との関係が多く,不登校など,なんらかのかたちで社会生活が送れないと, 親が困って連れてくることが多いようです。

村上 どのような場面で起きるのでしょうか。

藤田 年齢の大きい子では,成人とそれほど差がないと思います。 たとえば教室に入れない,全校集会中に何か注目されてしまうのではないかと不安で仕方がない,などです。 基本的には不登校が多いと思いますが,朝,起きられないという子どもにも非常に多いです。

村上 朝起き不良,不登校など,学校生活で支障をきたしている子どもたちのなかにも, SAD のケースが含まれているということですね。

藤田 そうです。より小さい子であれば,耳や歯が痛いなどでないかぎり,ほぼ確実にまず 1 回は小児科を受診されますので, そこで他科を紹介するというかたちになります。一般の小児科をされているところには,どのような病気でも集まってしまうと思います。

3 精神科の立場から

村上 多田幸司先生,精神科医の立場から SAD についてご説明いただけますか。

多田 SAD 自体は,定義から言えば,見られる恐怖,注目を浴びる恐怖で,注目されている場面で失敗するなど, 精神的な症状なのですが,多くの場合,身体症状を伴います。手の震え,赤面,吐き気や頻尿のほか,お腹が鳴るなどといった症状があるために, 患者さん自身は自分が緊張している,不安をもっていることに気づかなかったり,否認したり,あるいはそれらを訴えること自体が非常に恥ずかしいと思っていたりします。 この症状さえなければ自分は社会で活躍できると考え,身体症状を訴えて,内科,小児科,泌尿器科,場合によっては皮膚科を受診されます。

 ですから,身体症状の背景にある心理的な症状を診ていくことが必要だと思います。

村上 最初から精神科を受診する患者さんの特徴などはありますでしょうか。

多田 最も多いのは非全般性の人で,若いときから症状があったが,成人になって人前で発表する機会や PTA で話す機会が多くなり, 症状が出るのでつらいと受診される方々です。動悸,声の震え,手の震えなどの身体症状を訴えるため内科では取り扱いにくいようなケースです。

 そのほか,重症なケースもはじめから精神科を受診します。小さいときから不登校などで,学校には行けなかったけれど, 高卒認定試験で大学を受験した。合格したので通いたいが,やはり苦しいというような,全般性の人です。

■発症年齢と受診年齢

村上 発症はどの年代に多いのでしょうか。

熊野 10 代が最も多いのではないかと思います。私が小児科でないせいか,来院される方はもう少し年齢が高くなります。 内科,心療内科では 20 代,30 代,場合によっては 40 代の方もいらっしゃいます。

 お話を聞いてみると,年齢は高くても,すでに中学生あるいは高校生から症状はあって,20 年もこのような状態だったという方がかなりおられます。 発症する年代と受診される年代とのズレは人によって異なり, SAD がまだきちんと認識されていないために,受診するまでにかなりの時間がたっているように感じています。

村上 実際には小児期に発症しているにもかかわらず,日本では発見が遅れてしまうケースが多いのは,どうしてなのでしょうか。

藤田 欧米の平均的な発症年齢は 10 代前半です。日本はそれより高くなっています。 これは,SAD という疾患に対する小児科医の認識自体が低いことを表しています。 日本大学医学部附属板橋病院と帝京大学医学部と共同で行ったアンケート調査でも, SAD の認識度は,小児科医も内科医もそれほど違いはありませんでした。 さらに,診療経験をもつ医師は,10%までいかなかったと思います。

 ですから,そういう概念を聞いたことはあっても,実際に自分で対応できる小児科医は非常に少ないのではないかと思います。 そのため,学校のみならず,乳幼児期で発症していれば保育園,幼稚園まで,教育の関係者が SAD を認識していないかぎり,次に進みません。親も同様で,認識がなければ病院に子どもを連れてきません。 子どもの社会で SAD に対する認識が非常に低いために,気づかれるのが遅くなるのではないかと思います。

熊野 引っ込み思案などと言われていた子は,SAD の可能性はありますよね。

藤田 確かに含まれていると思います。他の子どものなかに泣いてしまって入っていけない, 親にしがみついているような子にも,一部いるかもしれません。全員とは言いませんが,ある程度含まれているはずです。

 また,学齢期に“ひきこもり”と言われている子,不登校児,教室あるいは保健室以外には入っていけない子など, そこにも SAD は混じっていると思います。

■対人恐怖と社交不安障害との相違

村上 日本には以前から対人恐怖という概念があったと聞いていますが,SAD との違いはあるのでしょうか。

多田 SAD は,全般性と非全般性の 2 つに分けられます。全般性 SAD というのは, いろいろな対人場面で緊張するという症状なので,対人恐怖と少し似ています。ただ,対人恐怖は“こだわり”ということを非常に重視する概念で, 対人場面で,自分は緊張してはいけないと,“緊張しない自分”にこだわるという精神病理的なことに重きをおいていることが特徴です。

 一方,SAD は,注目される恐怖,注目されるときのパフォーマンス,人前で話したりするときの不安など, 人前での行為にかなり着目しているところが,対人恐怖と違います。

 そのほか,対人恐怖のほうが“半見知り”という,より近しい間柄,身近な人のなかで症状が強く出るのに対し, SAD では見知らぬ人,大勢の人のなかで注目を浴びるような状況で症状が出ます。

 また,対人恐怖は非常に幅広い概念で,自分の視線が人に嫌な思いをさせる, 自分からくさい匂いが出ているという加害恐怖なども含まれています。さらに米国精神医学会の DSM−IV「精神障害の分類と診断の手引」や WHO(世界保健機関)の ICD−10(国際疾病分類第 10 版)では, 身体表現性障害や,他の妄想性障害に含まれるようなものも,対人恐怖は含んでいます。

■患者の QOL に対する影響

村上 SAD が患者さんの日常や人生にどのように影響するかについて,いかがでしょうか。

熊野 これは治療にも関係すると思いますが,SAD を病気と考えるか考えないかで, 患者さんの人生はずいぶん変わると思います。病気ではなく性格としてとらえ,「性格だったら変えられない」, あるいは「自分がなんとかするしかない」と,ご本人としては非常につらい思いをしています。病気と認識されていないので, だれかに相談できるとは思っていません。自分だけで耐えて,30 歳,40 歳と生きてこられた方は相当いらっしゃると思います。

 でも,そういう方がようやく受診され,SAD の診断がついて, 「これは疾患なので,治療すれば治癒するものだ」という認識ができることは非常に大きいと思います。

 そして,薬物療法で相当効果がありますので,「なぜ早く相談に来なかったのだろう」とおっしゃる方が非常に多いです。 「まったく前と違います」と言われ,自然に振る舞えるので,「これが本当の自分だったのだ」とおっしゃる方もいます。 ガラッと人生が変わってしまうことから考えると,その前の人生はかなりつらかったのだろうと思います。

村上 確かに,後になっていかに失われたものが多いのかと気がついて, がく然とするケースがよくあります。子どもではいかがでしょうか。

藤田 なかなか集団のなかに入っていけないわけですから, 当然,行動範囲が極端に狭められて,ひきこもりなどにつながっていく可能性は非常に大きいと思います。 逆に小さな子どもの場合には,親もその子自身も,うまく主張ができないというか,気づきません。 そういうものだろうと思ってしまっている人が,おそらくいると思います。 そういう人たちは,つらい思いをしながら,かわいそうな人生を歩んでしまう可能性があるような気がします。

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