後藤 出血性合併症についてですが,これは合併症や副作用というより,一種の主作用の裏返しみたいなもので, 完全に克服することは難しいと思います。私は日本の医師は出血性合併症に対する認識が欧米の医師とはかなり異なっているという印象をもっています。 とくに出血性合併症に対して欧米人よりも過敏に反応する傾向があると感じています。
先日欧米の代表的な施設で,実際どのくらい出血性合併症が起きているのかを調査しました。 たとえばクリーブランド・クリニックですと,急性冠症候群でインターベンション治療を受けた症例で退院するまでの間に 15%が赤血球輸血を受けていると聞いて,出血性合併症の多さに驚きました。
日本で出血性合併症での輸血などはたいへんな事態に入ると思いますが, 内山先生,脳の領域では抗血小板療法後の出血性合併症で,欧米と日本の違いというのはどのような点なのでしょうか。
内山 確かに出血性合併症については,皮下出血や歯肉出血,それから鼻出血も含めて日本人は患者も医師も非常に過敏です。 少しでも出血性合併症があればもう怖いから,アスピリンの投与をやめてしまうこともあると思います。
しかし,統計的に,イベントとしてカウントする出血性合併症というのは,頭蓋外出血に関しては, 輸血を要するか入院を要するような大出血をさし,いま言ったような出血はカウントしないのが一般的です。
一方,頭蓋内出血ですが,欧米人と日本人を比較した場合,日本人も虚血性脳卒中が増加しており, 出血性脳卒中が減少したとはいっても,まだまだ欧米人に比べて出血性脳卒中の比率が高いのが現状です。
脳梗塞の病型をみても,アテローム血栓性梗塞や心原性脳塞栓症が増えてはいますが,欧米に比べるとラクナ梗塞の比率も高い。 出血性脳卒中,ラクナ梗塞はいずれも頭蓋内出血のリスクが高いわけです。 そういう観点から欧米人よりも日本人は依然として抗血小板薬による頭蓋内出血のリスクが高い民族であるかもしれませんね。 日本人に限らず中国人や韓国人も同じですが,欧米人と日本人を比較したエビデンスが十分ではないので, 今後は同じ基準で積極的に多数例を検討して,どの程度違うのかということを検証する必要があると思います。
後藤 われわれの領域でも内山先生の領域でも欧米人との相違の有無と程度について,あいまいなまま議論する状況が続いています。
消化性潰瘍の観点から,日本人と欧米人では違いがあるのでしょうか。
太田 NSAIDs 潰瘍での死亡例は米国では年間 1 万何千人という報告がありますが, 私は医者になってから NSAIDs 潰瘍で亡くなった方というのを見たことがありません。 この日米の異常な差違は,米国では高用量を使うことと,市販でも多量に服用していることなどの結果だと思います。
HP 菌の感染率は欧米では低く,日本では高くなっています。これも欧米と日本の差になっている可能性はあります。 日本の実態調査やエビデンスはあまりなく,比較はなかなか難しいですね。
後藤 消化器領域では,日本が世界をリードしていると考えていましたが。
太田 内視鏡技術そのものはそうですが(笑),それを疫学研究に結びつけるということがこれまで遅れていました。
ですから,上村直実先生(国立国際医療センター)のように癌とHP 菌の関係を内視鏡でみるというような仕事を,消化性潰瘍の領域でもやる必要があるだろうと思います。
後藤 梅村先生,今の人種差に関して,基礎的な見地からみると,日本人と欧米人の出血性や血栓性は違いがあると考えるべきなのでしょうか。
梅村 それはたいへん難しい問題です。私は医薬品の開発に関わっており,外国での臨床試験,第 I 相試験,健常者でのデータと, 日本での健常者のデータの比較をよく経験するのですが,抗血小板薬は抗血小板作用と出血時間という二つのパラメータで薬の人種間作用差があるかどうかを検討します。 抗血小板作用に関しては,現段階では明確な人種差はみられません。血中内濃度と血小板凝集抑制に大きな開きはないと思います。
ただ,血中濃度に関しては代謝や吸収の問題があり,少し差が出てくる可能性は否定できません。 また,日本では出血時間が延長することにセンシティブですから,いろいろな抗血栓薬による出血傾向が強いと表現します。 しかし,データを見る限り,出血時間に関して外国人と日本人のデータはそれほど大きな差はなく,単に捉え方が違うのだと思います。
後藤 製薬会社,規制当局の間で密に情報交換をして,そういうスタンスをシェアしていく必要がありますね。 私も実態はあまり違わないが,とらえ方に対する認識の差異が大きいということを最近は強く感じております。